使用人になる
第8話
「──え?イェナ様のお部屋に入ったのですか!?」
優秀な執事らしからぬ驚きの表情。ジャムが目を真丸にしてこちらを見ていた。いつもの落ち着いた姿勢とはまるで違っていて笑ってしまいそうだ。
「は、はい……。使用人ならば当然のことではないんですか?」
トリップしてイェナのメイド兼専属医兼婚約者になった翌日。住み込みで働かせてもらうことになり、指定された時刻に起きメイド服に着替えて自分の部屋から出る。
執事室に向かうと、すでに仕事をしていたジャムに昨日の出来事を話せば予想外の反応をされた。
ベテランであろうジャムがそんなに驚くということは、あの部屋には入ってはいけなかったのだろうか。早速失態を犯してしまったかと思うと眩暈がした。だけど「入りなよ」と言ったのはイェナだ。それは弁明したい。
「マヴロス家の方々の自室に使用人が許可なく入ることは禁じられています。お茶やお食事を自室でとられる時も、部屋の前にカートを置いておくのみです」
初めは動揺していたが、すぐに平常心へ戻るジャムはやはり優秀だ。
「……特に、イェナ様は私たち使用人を部屋に呼び立てることは決してありません」
彼の言葉に、今度は私が目を丸くする番だった。
「やはり、婚約者というのは本当のようですね。イェナ様が心を開いている証拠です」
微笑んだジャムに瞬きする。あの人と“心を開く”という言葉は全くかけ離れたもののような気がするのだが。
「いや……でも私たち昨日初めて会ったんですよ?」
「愛に時間は関係ありませんよ」
「わぁお……」
意外とロマンチストな人のようだ。これがマヴロス家の執事だとは、だれが想像しただろうか。
「あっれぇー!なになに?新人ちゃん!?」
早朝にもかかわらずテンション高く登場したのは、物静かな印象のジャムとは正反対のキラキラと輝いているように見える美少年。小柄な身体が身に纏っているのはやっぱり燕尾服だった。
「この方は……」
「僕はロール。マヴロス家に仕える執事だよ」
「はじめまして、ナツと申します!」
深々とお辞儀をすれば「よろしくね!」と軽やかな返事があった。暗殺一家の執事がこんなに明るくていいのだろうかと疑問に思う。
「んふふ、ナツってかわいーね!」
そう言うと、外国の挨拶のようにハグをされた。可愛らしい男の子ではあるが、一応私よりは背も高く“男性”であることは間違いないのだ。
「うわわわわっ」
いい香りはするが、近すぎる距離に慌てふためく私の肩にポンと手を置くジャム。
「おやめなさい、ロール。この方は確かに新人のメイドですが、イェナ様の婚約者でもあるのですよ」
そう言って制止してくれる。ロールはオーバーなくらいのリアクションで
「えええええ!?イェナ様の!?」
と私の顔をまじまじと見つめた。
「はい……一応は……」
「一応なの?」
本来居るはずのないこの場所に音もなく現れたのは、私の仕える主人であるイェナ。私の発言がお気に召さなかったのか、ただ単に朝が弱いだけなのか──少し不機嫌そうだ。
「イェナ様!おはようございます!」
ジャムとロールとともに頭を下げる。
「……ロール、次に抱き着いたら殺すよ」
「はぁーい……」
私のそばへ来て、ロールを漆黒の瞳で見下ろす。圧力をかけられているはずの彼は、恐れている様子はない。ジャムに比べてロールはイェナに対してもフレンドリーらしい。
それでも殺されていないところを見ると、きっとそれだけの価値がロールにはあるのだろう。
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