第7話



 私の一言で満足したのか、武器をしまうイェナ。ホッと胸を撫で下ろす。


「──あ、でも1番好きなのは違う人だったんですよね」

「は?」


 私の1番の推しキャラは、セリスという主人公のチームメイト。優しく穏やかに見えて闘志を内に秘めている人。そして美形好きな私のドストライクを突いてくる超イケメンでもある。正統派王子系美男子のセリスは作中でも人気の高かったキャラだ。

 ……いつか会えるかもしれない、と考えるだけでテンションが上がってくる。


「……誰なのそれ」

 またイェナが一歩近づいてくる。武器はしまったが、威圧感は消えてはくれない。

 今が作中のどの時期なのか不明であるため、イェナがセリスのことを知らない可能性もある。この世界の者ではない私は迂闊に言えないのだ。


「い、今はイェナ様が1番です!!」

 苦し紛れにそう言ったら、彼がピタリと動きを止めた。


「それ、ほんと?」

「え……はい……」

 素直に受け入れてくれたイェナはある意味純粋ではあるのだろう。頷いた私を見て、ほんの少し──微笑んだ。



「……イェナ様」

「なに?」


「す、素敵です!カッコいい!もっと笑ったらいいのに……!」


 そう興奮気味に言えば、すぐに真顔に戻ったかと思うと……にゅっと腕が伸びてくる。冷たい指先が頬に触れた。


 まずい、怒らせただろうか。


「え、殺されるの私?」

「……殺さないってば。君がオレを好きなうちはね」


「一生好きです愛してます!!」

「うん、それでいい」


 ……どうやら彼は、私に「愛されたがっている」らしい。理由はわからないし、多分本人に聞こうものなら「殺すよ?」の一言で切り捨てられてしまいそうだ。



「……ねえ」

 イェナが真っ直ぐな瞳で見つめてくる。

「はい……?」


「“好き”ってどんな気持ち?」

 質問のハードルが突然ぶち上がる。恋愛偏差値が高くない私には酷な質問だ。


「うーん……そうですね……。その人のことしか考えられなくなって、ソワソワして、ワクワクしたりドキドキしたり。感情の起伏が激しくなりますよ」


 尤もらしいことを言って誤魔化す。正しい答え方なんて分かりはしない。これは人によるものだから。


「ふーん」

 納得したような、そうでないような……なんとも言い難い返事をして、イェナは私の頬を両手で挟み込んでぶちゅっと潰した。


「……ひぇひゃひゃま?」

「……」


 ぐっとその手に力が籠る。


「いひゃいいひゃいいひゃいれす!!」

「……あ、ごめん。つい」


「“つい”で済ませる力じゃないですよ!?」


 抗議すればパッと手を離す。初めて頬にかかる圧力で命の危険を感じた。


「オレにはきっと一生分からないな」

「え?」


「“好き”っていう感情」


 原作を知ってる私には、あなたがそんな質問をすること自体信じられないんですけどね。


「イェナ様らしいですね」

「……みんな『おかしい』って言うのに。やっぱりお前は変だね」


 細められた目は、どこか優しい。私はただ、この漫画を知っているだけで、イェナのことを読んだだけで──あなたのことを分かってあげられる人なわけではないのだけれど。


 きっと何も知らずにあなたに出会ったら、普通の人と同じように畏怖してしまうだろう。



「……私はイェナ様が大好きですから」

 何度目か分からないセリフ。言う度にやはり彼はどこかご機嫌だ。


「まあ、殺し屋にそんな感情いらないからオレには必要ないけどね」


 そう言ってる割に、興味津々だったじゃないか……とは言えなかった。


 まだ殺されるかもしれないという恐怖は拭えていないからね。


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