第6話

「……やっぱり私は、イェナ様が大好きです」


 最初に告げたのは、咄嗟に出た殺されることを回避するための言葉だった。でも今この瞬間においては、本当にこの人が好きだなあと思う。

 彼が見せる冷酷な一面や冗談まがいの「殺すよ」という言葉も怖いのは変わらないが、もともと好きだったキャラクターだ。嫌いになれるはずもない。


「……変なの」

 普通じゃない人に変だと言われて些か疑問は残るが、そこは目を瞑ることにする。


「殺すかもしれないのに、なんで好きだなんて言えるの」 

 ……やっぱり殺される可能性は潰えないのか、と肩を落とす。心底不思議そうなイェナに、半ば諦めたように


「……その時は、痛くないようにしてくれたらいいです」

 とお願いすればまた首を傾げていた。


 この普通ではない一家で育ってきた彼にとって、私の普通はカルチャーショックとでもいうのだろう。不思議で堪らないらしい。


「わからないなあ、殺されてもいいってこと?」

「イェナ様にお会いできただけでも夢のようですから。もしイェナ様に殺されても、夢から覚めて元いた世界へ戻れるかもしれませんし」


 所詮、私はこの世界の者ではない。この夢の中のような世界から、いつか何かの拍子に元の世界へ戻る可能性の方が高いのだ、きっと。


「元の世界へ帰るって……君がここからいなくなるってこと?」

「……それは死んでしまっても同じですよ」

「あ、そうか」


 やはりこの人の“死”に対する認識は軽い。きっと大切な人が死んでしまっても「そうなんだ」で済ますのだろう。

 それ以前に彼の“大切な人”がいるのかどうかが気になってしまうけれど。



「──うん、じゃあやめよう」

 相も変わらず抑揚のない声。何を考えているのか、探ることなんてこの瞳を見たらできるはずもない。


「殺さないし帰さない。君はオレの専属医ね」

 何故か増えた肩書きに、もう言い返す気力も失せてきた。目に見える怪我は治すことはできるけれど、病気や体の中の怪我はやったことがないから自信がない。今までそんな切迫した場面に遭遇したことがないのだから。


「私には荷が重いです……まあ愛は重めでも大丈夫ですけど」

「何言ってるの?」


 ──しまった、思わず本音が出てしまった。


 私の変態チックな言葉にイェナも首を傾げる。この胸キュン台詞の数々──胸キュンしているのは私だけかもしれないが──に、そろそろヲタク心がもたなくなってきた。


 これは無意識に私のこと好きになってきてる王道ストーリーかな?


「やっぱり殺そう」

「ひぇっ」


 真の暗殺者は相手の考えていることまで分かるのだろうか。私は一気に壁際まで後ずさった。


「冗談だよ」

 冗談なら冗談らしい表情をしてほしいものだ。


 腰が抜けそうになる私を見下ろして、数歩歩み寄ってくるイェナ。



「君はオレのどこが好きなの?」

「えーと……」


 彼を見上げて考える。最初にあの漫画でイェナを見た時、私は特に好感を持ったわけではなかった。


「最初は……超悪い人だし殺人鬼だし感情読めないし、好きになるどころか『何この人』ぐらいに思ってたんですけ──なんで武器出すんですか!!」


 確かに悪口ではあったけれど、間違ったことは何一つ言っていないはずなのに。少しイラッとしたのか、彼の武器である鋼線を取り出していた。これでイェナは暗殺対象者の首を締めたり跳ねたり、人を人形のように操ったりする。


 それをしまってくれと懇願したけれど「いいから続けなよ」と返された。


「……何か憎めなかったんです。あと単純に顔が好みでした」

「ふーん」


 イェナを好きになったきっかけなど、あったわけではなかった。だが、冷酷で非情ではあるものの、読者からの人気と比例するかのようにどんどんカッコよくなっていく彼のビジュアルは作者の意図であったのだろう。それにまんまと嵌ってしまったのが私だった。


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