第3話
イェナに抱えられて辿り着いたのは、古く大きなお屋敷。これが暗殺一家・マヴロス家の住処であることは屋敷を包む禍々しいオーラのようなものが証明していた。
「──それで、この子は?」
応接間と呼ぶには広すぎる部屋に通されて、ソファに座ったイェナの隣に促されるまま腰かける。
向かいに座ったのはイェナの母親でありマヴロス家の奥様であるマーイス・マヴロス。イェナやマヴロス家当主に比べてとても表情豊かで、実際に見ても綺麗で上品な人だ。ちなみにマヴロス家の家長は仕事で長期出張中らしい。
原作では表情豊かではあったが、今は私を品定めしようとしているのかイェナによく似た無表情でこちらを見ている。
「拾った。メイドにする」
イェナもやはり表情を変えないまま簡潔に告げ、私をマーイスの前へ押し出した。おずおずとお辞儀する。
「よろしくお願い致します……」
じーっと私の顔を見つめた奥様。次の瞬間、とても強い力で腕を引かれ──
「なんて可愛い子っ!しかもあのイェナが連れてくるなんて!」
思いきり抱きしめられた。その顔はゆるゆると綻んでいる。予想とは全く違った展開に身を固くした。
「すっごく弱そうだけどっ!愛でるなら十分よ」
頬ずりするマーイスに若干引いていると、さりげなくイェナが引き離してくれる。
マーイスはあまり原作には登場しない。主人公たちのことは毛嫌いしていてズケズケ物を言うキツい性格に見えたのだけれど、思ったよりも優しい人のようだ。
「じゃあ、いいね?」
イェナが再度確認を取るとニッコリ笑う奥様に、ほっと一安心したのも束の間。せっかく出してもらった紅茶を飲まないわけにはいかない、と口に含めば
「ええ、何ならイェナの婚約者にしてもいいのよ?」
唐突に、目が飛び出そうな話になった。思わず吹き出してしまいそうになったが、あまりにも失礼に値すると思ってなんとか自力で防いだ。
「……ごめんだね、そんな弱い奴」
「あら、イェナは強い娘が好みなのね?」
なぜか切り替わったイェナの婚約者の話。原作ではもちろんそんな小話は出て来なかったから何だか新鮮だ、と思う。そんな話が出てもなんらおかしいことはない。彼は有名な殺し屋一家の長男であるのだから。
「別にそういうわけじゃないけど」
「そろそろお見合いの話も出てるのよ?どうかしら?」
「興味ない……あ」
言いかけた言葉を止めて、黒よりももっと暗い色の瞳がじっと私を捉える。
「……ん?」
数秒ほど間があって、何か思いついたようにポンと手をたたいた。
「そうだね、じゃあコイツが婚約者でもいいよ」
「あら」
「え!?」
語尾にハートがつきそうなくらい喜ぶ奥様に、話の展開が早すぎてついて行けない私。相変わらず無表情な目の前の人から出たとは思えない言葉に、唖然とした。
「訳もわからない女には興味はない。けど、コイツには少なからず興味があるからね。その辺の女を婚約者にしなきゃいけないくらいなら、コイツにする」
確かにイェナは私に「興味がある」と言った。けれどそれは恋愛とは全く別のものではないのだろうか。
思案する私には目もくれず、奥様は目をキラキラと輝かせている。
「素敵な口説き文句ね」
「どこがでしょう!?」
拾ってくれとはお願いしたが、まさか婚約者にまで指名されるとは思ってもみなかったため丁重にお断りしようと口を開くが ──
「コイツもオレのこと好きらしいからね。拒否なんかしないでしょ」
「わお……選択肢へし折られた……」
彼は私の狼狽ぶりに気付いているのか、いないのか。前者であれば策士にもほどがある。睨み上げた私の表情を見てなにを思ったのか。
「よかったね、これで滅多なことじゃ殺さないよ」
と何ともないことのように言ってのけた。
やはり殺し屋一家、常識で話が通じる相手ではないようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます