文化祭☆ 変人というけれど

 急に眼前に現れて。

「——⁉︎」

 体勢が傾き、つるりと鉄柵から手がすべる。足が空を切って、心臓がキュッと縮まった。

 落ちる——。

 差し伸べられる手はない。

 だけど、真上からまっすぐ見つめてくる奴はいた。

 途端、敗北感が襲ってきた。

 敵うわけない。

 命を賭けた博打。そのまま死ぬか、それとも。——それとも、自分の気を変えさせる誰かが、止めに入るか。

 そいつは柵を足場に、斜めに跳躍して、サッと視界から消えた。

 

   *****


 周りから悲鳴があがる。

 屋上から飛び出してきた影を見て、佑月は眩しそうに目を細めた。

「ああ……」

 

   *****

 

 神谷が飛び降りたのと時を同じくして、屋上のドアが内側から開かれようとしていた。

「なんだこれ、開かねぇ!」

 そこでようやく奴の意図を理解した。体重をかけて先生たちが屋上に出れないようにし、同時に、彼らの引っ張る力で自分の体重を支えているのだ。

 しかし、やっぱりとんでもないことになった。


 青いリボンが空を飛ぶ。

「神谷!」

 駆け寄って、眼下を確認する。

「とぉおおおお」

 斜めに落ちていった神谷は、ドアノブを支点に、振り子の原理で横に移動していた。

 そう、澤平の真下。

 しっかりと、キャッチして。

 

「りゃぁぁああああ‼︎」

 

 壁を走る。登っていく。

 そしてボールを投げるみたいに、澤平をぶん投げた。

「ぁああ‼︎」

 人間が降ってくるのを、俺は初めて見た。呆然と見上げてしまう。


 澤平の影が、屋上に落ちる。

 その間に神谷は柵を越えて。

 彼の体を地面すれすれのところで受け止めた。

「はい、いっちょあがり!」

 パッと神谷は笑顔を向けた。

 

 良い子も悪い子も真似しちゃいけないな……。

 先生たちが「開いたぁ!」と雪崩れ込んできた。

 

 

 神谷の腕から降ろされた澤平はそのままペタンとへたり込んだ。俺も脱力する。

「どう? 斗真。楽しいでしょ?」

 ガクガク震えて、楽しそうには全く見えなかったが、澤平は口端を持ち上げる。

「はは……」

 だけど、それ以上はなにも出てこないようだ。

「いやぁ、どきどきしたね。スリリングだったね」

 晴れやかに伸びをして、神谷は運動場にいる人たちに手を振った。

「みんなげんきー?」

 すると安堵の歓声がワッとあがった。まるでアイドルだ。満足そうに神谷も頷く。

「……もしあたしがやるなら、みんなを笑顔にできるサプライズがしたいね」

 ……意図せず笑みが溢れた。

 そうだな。お前はそういう奴だもんな。

 対して、退屈、普通で平和な毎日がいやだと、彼はこの舞台を用意した。


「なぁ、お前自身が特別なことをしなくても、いいんじゃないか?」

 俺は澤平の隣に立って言った。

「あいつに振り回されてれば、少なくとも変わった学校生活になるぞ。保証する」

 なんせ、あれを絶対・・大丈夫って断言するやつだからな。そんな奴と十何回も隣の席になってる俺が言うんだ、信憑性は抜群だろう。

「普通の日常が奇怪になるぞ」

 肩を貸して、立ち上がらせる。

 ふっと澤平の口元が緩んだ。

「……たしかに、退屈なわけないね」

 たたらを踏んだあと、大人しく自分から先生たちに囲まれにいった。

 意地悪じゃない、純粋な笑顔だった。

 

 

 そうして事件は幕を閉じる。

 ——はずだった。

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