文化祭☆ 昼

 トスン、とやや重さを持った羽根が、的に突き刺さる。みどり色の部分、体育館と書かれていた。

「はーい、じゃあここに行って景品をもらってくださーい」

 春野から『体育館』と書かれたカードを受け取る。佑月さんと再び会えて嬉しいのか、声が弾んでいた。

 俺的にはずっとダーツをやらせていても良かったのだが、俺ひとりで神谷の相手をするわけではなくなったので、素直にゲームに従って景品をいただくとしよう。

「体育館ってどこ?」

「校門入って右手にあった建物がそうですよ」

「ああ、あそこが! さすが名門校は体育館もおしゃれだね。レトロっていうのかな」

 そんな話をしながら三人で向かう。途中、奇行を起こそうとする神谷を牽制しながら。

 ちなみに味噌きゅうり味のグミは神谷に処分された。一つぶ食べて不味いことを理解したらしい。俺たちが少し目を離した隙に、校長室に侵入し、学校の長にあげてきたと言う。味覚はまともだが、あげる相手を間違っている。


「あ、あいつですね」

 体育館にはパイプイスが並んでいた。明日の劇の観客席だ。

 その隅に、目印の青い帽子をかぶったクラスメイトをみつける。長机の後ろに立ってダーボールの箱を横に設置していた。

「はーい、ここでスタンプと景品を渡してまーす。カードを見せてくださーい」

 よっ、と手をあげて挨拶する。『体育館』と書かれたカードを渡すと、それにスタンプを押され、返された。

「この中からお好きなものをお選びくださーい」

 ダンボールの口に神谷が手をつっこむ。お好きなものを、と言われたのにくじ引きの要領で目をつむっている。

「これだっ」

 取り出されたものは、小さい円柱のシルエットをしていた。肩越しに、佑月さんと俺は神谷の手元を覗く。


「リボン……?」

 少し光沢のある、青いリボンだった。ぐるぐると巻かれいて、かなりの長さがありそうだ。

「……他に何があるんだ?」

 どう考えても使い道がなさそうなので、取り替えてもらおう。

「指人形とか、ひまわりの種とか、がびょう百本セットとか」

「……そんなの用意してたか?」

「いちばん高価なのは、あれだな、水泳ゴーグル」

「リボンがいちばん役に立ちそうだな」

 うちのクラス、いらないものを景品にしたんじゃないだろうな……?


「ちょっとせいら⁉︎」

 おっと、こっちのアホに注意しなければ。

 見れば、神谷がリボンを腰に巻き付けて、ちょっとした腹巻き状態になっていた。腰からのびたリボンは五メートル以上引きずられ、芯だった筒はどこかへ消えていた。

「何がしたいの……」

「え、ただ巻いただけ」

「ただ巻いただけ……」

 うん、と頷かれても。

「次いこう」

「ちょっと待て」

 慌ててリボンの先を拾い上げる。ずるずる引きずってると踏まれて危ない。


 神谷は気にせずそのまま歩いていくが、俺が片方の端を持っているため、途端でカクンと引き戻された。

「……」

「……」

 俺はちょっと手前に引っ張ってみた。

 神谷が「ぐえ」と進行方向とは逆に戻ってくる。

「おお……!」

 よくわからないが小躍りしたい気分だ。


 ともかく、これで神谷が勝手にふらふらすることはなくなった。物理的な牽制方法を獲得した俺は、少しの優越感を覚えた。

「陽介、手はなして」

「やだ」

「なんで」

「やだったらやだ」

 自分でも子供じみた回答だと思ったが、相手もぶすくれた。

「まさかあたしを天ぷらに」

「せいらのことを思ってだよね」

 佑月さんがフォローを入れてくれる。「そうそう」と便乗しておこう。

 すると目を三日月のようにして、ニタニタしはじめた。

「なるほど。さらに友情を深めようってわけね」

 とても不快なのでやめてほしい。

「ほら、さっさと次行くぞ」

 何周か手首に巻きとって、リードみたいにリボンを扱う。これでたゆむことはない。

「どこ行くんだっけ?」

「〜お化け屋敷を体験した人の話で恐怖しよう〜」

 単純にお化け屋敷でいいじゃないか……。


 クラスメイトに「じゃあ」と手を振って、パイプ椅子を蹴飛ばさないように出口へ向かう。「神谷、俺より前に出るな」と釘を刺し、佑月さんが後ろにまわる。「愛だね」と聞こえたのはきっと気のせいだ。「間ね」の間違いだ。


 体育館を出ると、思い出したように日差しと熱気と騒音が押し寄せてきた。もう秋だというのに制服のブレザーが暑い。

「その前に春野と交代——っと」

 前から人が歩いてきていたらしい。すれ違いざま肩がぶつかってしまった。

 しかし、すみませんと言おうとして、そいつが今朝会った人物だと知る。


「あれ、澤平じゃねーか」

「!」


 呼びかけると、ビクッと過剰な反応が返ってきた。

「?」

「あー斗真! 文化祭どう? 楽しんでる? どこの屋台行った? あたしはダーツしたよ! 校長先生に会った? これからお化け屋敷の体験談聴きに行くけど一緒に行こうよ!」

「神谷、答えさせてやれ」

 澤平が情報処理しきれてない。はねっ返った髪がふわふわ戸惑っている。

「じゃあ昨日の夕飯は何だった?」

 そんな記憶力を試すんじゃないんだから。ピチピチの中三だぞ。

 かわいそうに。まだ出会って一ヶ月も経ってないから慣れてないだろう。


 小さく息をつくと、澤平は口を開いた。

「鮭のムニエル。おとといはシチュー。その前はコロッケ」

 おお……。俺の昨日の夕飯はなんだったか……。

「屋台は行ってない。校長にも会ってない。あんた達と行動する気もない」

 次々と澤平から答えが返ってくる。神谷の質問攻めに回答攻めで対抗している。正直驚いた。

「どうせ訳の分からないところに行くんでしょ」

 どうしてわかった。超能力か。

 澤平がふと目を伏せる。

「文化祭なんて退屈なだけで、楽しいわけないよ」

「……」

 きゅっと唇を引き結んで、片腕を握っている。

 まぁ、不登校だというし、友達をつくる機会もなかなかないのだろう。イベントで一人なのは楽しくないかもしれない。じゃあどうして今日来たのかという疑問も残るが。

 でもこんなに盛り上がっているなか、眉間にしわ寄せていて、それはなんか悲しい。

「もういい? やることあるから」

 疲れた顔で、俺たちの横を通り過ぎようとする。


 その腕を神谷が掴んだ。

 ああ。言ってやれ。引き止めて、文化祭は楽しいと言ってやれ。

「斗真」

 振り返る。退屈そうな目が神谷をとらえる。

 

「あたしは昨日、さんまだった」

「……」

 

 沈黙が漂った。

 澤平がぺいっと神谷の手を振り払い、舌打ちして体育館へ入っていった。


 ——いや、今のは『待って』とか言うべきところだろ……。メニュー対決じゃねぇんだから。

「せいら、あの子とも仲良いの?」

 佑月さんが苦笑気味に訊く。

「まぁね、お互いウィンウィンの関係を築いてるよ」

 腰に手をあてて勝ち誇ってる神谷は、澤平からしたらウィンウィンな相手じゃなく迷惑野郎に違いない。


 それにしても、澤平斗真……。別に何ができるわけでもないのだが、ほっとけないっていうか……。まぁ、犬の散歩みたいな文化祭を過ごしてる身が言うのもなんだが。

「うん、そうだよな」

 ぼそりと呟く。あいつとは今日会ったばっかだし、親切にしてやる義理もない。

「あほらし。……佑月さん、春野と合流しましょう」

 とにかく次のミッションは神谷を引き渡すことだ。

 安全に、神谷家が望むように、変人を暴れさせないために。


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