文化祭☆ 午前中

 演劇は二日目に行われる。なのでクラスで店を出し、店をまわるのは今日だけだ。

 親や地域の人たち、入学を考えてる小学生など、さまざまな客が入り乱れるなか、俺は神谷を見張っていた。春野が奴と行動していたので、それに加わったかたちだ。決して自分からではない。離れたところから、と最初は距離を置いていたのだが見つかった。あいつの嗅覚は侮れない。

 だがキャッキャうふふしてるわけでは断じてない。これは仕事だ。春野は神谷の押しに弱いところがあるので、俺が引き止めなければならない。

「俺の文化祭、こんなのでいいのか……?」

 午前十時。独りごちる。


 運動場には飲食系の屋台がずらりと並んでいる。やきそばやせんべい、たいやき、クレープ、秋だというのにアイススティックやかき氷もある。ソースの匂い、卵の甘い匂い、たこせんを焼いた匂い。今日が快晴でよかった。

「にぎわってるねー」

「せいらちゃん、わたあめ!」

「わたあめ!」

 二人がわたあめ屋を指差して「食べよう食べよう」と人混みを進む。一輪車は没収された。春野にがっちり腕を掴まれているからか、神谷は人の流れに逆らわず急がない。

 こういうとき、違和感を覚えてしまう。ここ一週間ほど、今まで『変』の一言で片付けてきた神谷の行動が、さらに不可思議に思えてならない。認識を改めるべきか否か、絶賛自己議論中だ。


「あっ、私そろそろ店番だ」

 春野が俺を振り返る。

「わたあめ買ったら教室に戻らなきゃ。渡辺くん、あとお願いしていい?」

 よろしくないが、頷かざるをえない。他に誰が神谷を止める?

「そーいえば、あたし達のクラスは劇だけなの?」

 神谷が首を傾げる。春野も俺もガックリと肩を落とした。

「どうして知らないの……」

「ダーツだよダーツ」

 もちろん三年二組も模擬店を出している。劇は学年の取り組みで、一年は映像制作だし、二年は合唱だ。それとは違って、各クラスの出し物は自由なので、俺たちは色々と話し合った結果、ダーツになった。

 かの有名な旅のごとく、ダーツで校内の行き先を示し、そこへ行けば景品がもらえるというものだ。

「あたしそれやったことない! やりたい!」

「はいはい。わたあめ食い終わったらな」


 店の前に躍り出る。二人が買っている間、俺はこの後どうするか考えることにした。

 店番が春野と入れ替わるかたちだった。なら俺たちが客としてクラスに行き、春野のそばで過ごすことにしたらどうだ。監視の目は二つになるし俺の苦労も緩和される。一生ダーツをやらせておこうか。


 その時、テントに括られていた風船がパンッと割れた。

 驚いてその方向を見やる。びっくりしたのだろう、そばでは女子が騒いでいた。


「——!」


 しかしその後ろ。

 灰色の着物に深緑の帯、すっと背筋は伸び、文化祭にふさわしくない厳しい雰囲気。

 見覚えのある人影が、こちらに近づいてきていた。

「せいら」

 それほど大きな声でもないのに、耳に滑り込んでくる。高くも低くもない無機質な声。不自然に彼女の周りだけ人がいない。

 綾子さんだ、と思った。だけど綾子さんに似た別人だった。冷たい水底のような目で、彼女はまっすぐ神谷の名を呼んだ。

 

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