第三幕
雨の日
そうして日曜日。
俺は空を見上げた。
土砂降りの雨だ。
窓を閉めても、雨の打つ音はやまない。
ザアザアザアザアよくもまぁこんなに降るもんだ。
——ありがとう。
さすがに神谷もこの天候じゃ春野と遊ぶのは諦めるだろう。そして過去に家を特定されている俺だが、海に逃げることも一人で砂浜をいじることもなく、優雅に家でゆっくりゲームできるわけだ。今日は三人それぞれおとなしくしていよう。
ガガガガガ、と発砲して敵を倒す。クリアだ。
「よーすけー」
階下から妹の呼ぶ声。「あー」とてきとうに返事をする。
「お友達きてるよ」
——雷がものすごい音を立てて落ちた。
「は⁉︎ 誰が誰に誰が来たって⁉︎」
危うくゲーム機をひっくり返しそうになる。いやいやいやないない。お友達なんか呼んだ覚えない。幻聴だ。
「せいらさんとこころさんって人が遊びに」
「うわあああああっ‼︎」
耳を塞ぎ、布団に潜り込む。
叫びながら画面の中で銃を乱発した。連打しまくる。
「追い返せ‼︎」
「どうぞ上がってください」
なんで⁉︎ 妹よ、それだけはヤメロ‼︎
「いやぁ、すごい雨だったね。秋雨だね。春雨はたべれるのにね」
「ね、久しぶりだね、こんなに降るの。昨日まで晴れてたのに」
残念ながら、まぎれもなくあいつらの会話だった。
「兄ちゃんの部屋に案内しますね」
「⁉︎」
……そ、それだけは阻止しなければならない! 今、俺のテリトリーとプライベイトタイムが荒らされる危機だった。
急いでドアに鍵をかける。その前にイスを設置。テープで固定した。
「ふー」
額を拭う。さっきから冷や汗が止まらない。
「さすがにやりすぎか? でも……いやそれより」
床に転がったスマホを拾い上げる。その間にも彼女たちの声が近づいてきていた。
『なにしに来たの⁉︎』
送信先は春野だ。扉の向こうで着信音が鳴った。だいぶ近くで。くそ、階段をのぼってきてる。
春野が何か言う前に、再び送る。
『俺の部屋に入るつもりじゃないよね』
入るな、と言外に伝える。せっかくの休日に、しかも逃げきれたと思っていたのに、こいつらを笑顔で招き入れるなんてとんでもない。上げてから落とすな。
待つと、すぐ返事がきた。
『ごめんね……』
ベッドにスマホを叩きつける。今なら怒りのパワーで桃太郎を倒せるかもしれない。
ピロン、と春野からまたメッセージが届いた。
『お茶会は延期になったんだけど、せいらちゃん遊ぶ気まんまんで……。近くに来たから雨宿りさせてもらおうと』
遊ぶな、近くに来るな、雨宿りするな。
突っ込みたくてまた手に取る。
『よく春野も遊ぼうと思ったな』
『うん、やっぱり私、せいらちゃんと仲良くしたいから』
俺は雨のことを言ったのだが、勘違いしたらしい。
しかし、少し興味がわいて、わざと勘違いに乗る。
『自白してもまだ?』
『信じたいだけ。文化祭をめちゃくちゃにしないって約束したから』
『へぇ』
あ、少し冷たかっただろうか。ちょっと考えて、文字を打つ。
『いいんじゃない?』
その時、コンコンとノックされた。ついに来た。
「お友達だよ」
「よーすけー! あたしだよ! お菓子あるよ!」
妹に続いて神谷。詐欺師みたいなあいさつだ。
妹は最近言うことを聞かなくなってきているので、頼みの綱は春野だけだ。
「いま着替えてるから入るな。下で待っとけ」
普通、異性にこう言われたら引き下がる。しかし相手は奴だ。どうか春野がまともであってくれ。
「せいらちゃ……」
「じゃあ陽介もしりとりしよう。ここで。こころの次ね!」
春野が負けた。スマホの画面にウサギが謝ってるスタンプが表示された。
「……ねぇ、渡辺くん、栗饅頭あるよ」
「だからなに⁉︎」
あれか、春野も共犯ですか。
「違うよ、陽介。「だ」じゃなくて「よ」だってば」
あ? ダじゃなくてヨ? 神谷の新しい呪文か?
沈黙していると、妹が鼻で笑った。
「わかんない? 栗饅頭あるよ、の「よ」」
「……語尾でしりとりしてんの?」
「そうそう!」
「あ、今「う」に変わりましたー」
「……」
どうでもいいから帰ってくんないかな。無視してゲームの続きしようかな。
『渡辺くんは、か弱い女子をこんな雨の中に放り出すつもりですか?』
『いや、だったらこんな日に家を出るな』
神谷が「はやくー」と急かす。
『お茶会はいつになったんだ?』
『それが、来週の日曜日……』
文化祭二日目じゃねーか。思いっきりかぶっている。まぁ、どうせ神谷は追い出されるから関係ないが。
「そんなに悩んでるならヒントいる?」
うるせぇな。いま春野と喋ってんだよ。
『で、それが昼の三時から夜まで続くらしいの。親戚とかお世話になった人とか呼ぶらしいんだけど』
『ふーん』
『だから、私は文化祭終わったあと、お茶会に呼ばれたくて今日も善行を積んでいます』
目の前がくらくらした。
なるほど、今日の外出はたしかに親御さんの耳に入るだろう。そして綾子さんのことだ。謝罪と神谷にかまってくれた感謝で春野をお呼びになるかもしれない。
『招待されるための布石を打ってるの。渡辺くんも行きたいでしょ?』
『なぜそうなる』
『また佑月さんに会えるかもよ? 美味しいご馳走が待ってるかも』
うっ。
ふわりと笑う赤いセーターの女性が脳裏に蘇る。まったく似ていない姉妹。美味しいケーキ。
『それに、佑月さんならせいらちゃんを
さずかろう、とガッツポーズの絵文字を付けてきた。それを見て、さっきとは別の意味でくらくらきた。
「……うん」
神谷がウリ坊がどうのこうの言い出したので、そろそろ潮時かもしれない。
『……春野って、けっこうずる賢いよな』
『え、うれしい!』
褒めてなどないが、喜んでくれたなら良かったとしよう。
しりとりも終わったことだし、俺はバカバカしくなって、イスに乗せたダンベルを持ち上げた。
鍵を開ける。見飽きた顔が三つそこに揃っていた。
春野のスマホから着信音が流れた。
『ただし、俺の部屋には入らせない。リビングへどうぞ』
俺は後ろ手にドアを閉めた。
——今日は一日中激しい雨でしょう。
天気予報でそう言っていたのに……。俺は失念していた。
雨宿りは夜まで続いたのだった。
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