犯人

 家に帰って、頭を抱えて叫んだ。

 

 何しに行ったんだぁぁあああー‼︎

 

 そう、すっかり忘れてました。CD割ったのお前かと、神谷に問い詰めるために赴いたというのに。俺の時間を返してほしい。やたら緊張して、でかい家に驚いて、美味いケーキ食って、美人と話しただけだった。充実した時間だったとか言ってやらないからな。ぜんぜん楽しくなくもなくもなかったぞ。

 

 あの後、番組がCMに入り、神谷がこの世に戻ってきたので、いつも通り会話は破綻した。疲労を感じて時計を見れば、かなり経っていたので、お開きとなった。車で綾子さんに送ってもらったはいいが、家に到着して別れた途端に、このザマだ。

「CDの件ひっぱりすぎだろ……」

 いろいろあったその日は、それで終わった。

 


 翌日。朝礼前の教室で、俺と春野は窓を見張っていた。そこへぴょこりと現れる神谷。そういやコイツ、遅刻しないよな……。

「神谷」

 今度こそ。

「おはYO! すけ! こころ!」

「しばかれてぇのか」

「なぁに? 今日は二人ともお出迎えしてくれちゃって」

「……せいらちゃん、あのね、話があるの」

 春野が神妙に切り出せば、神谷もなにかを察したらしく、テキパキと上靴に履きかえると、俺たちの手を引っ張って教室を出た。


 廊下の隅、空き教室の前。

『だって放送室に用事あるから』

『こんな割られ方、ぜってぇ人為的だろ⁉︎』

『犯人は俺たちのクラスに恨みがある!』

『放送室の鍵を借りたのは神谷だった』

 俺たちは沈黙した。「お前が割ったのか」と、心の中ではもう数十回と反芻はんすうしているのに。


 やがて、神谷が口を開いた。

「気づいちゃったんだね」

「ああ……」

「黙っててごめんね」

「そんな……じゃあやっぱり」

 春野の目が潤む。

 神谷はこくんと頷いた。


「美術部の作品展にあたしの絵が出展されることになっちゃった」


 ……。


 大変なことになったよ、と口を覆う。「ゴッホ甦る! とか言われたらどうしよう。あたし、億を稼ぐ人間になるかもしれない」

 くるくるとスカートと髪の毛を揺らして、ことの経緯を説明する。


 あー……。

 ……そうだ。こういう人間だった。


「お前さ」

 神谷の動きが止まる。

「おととい、放送室に用があるって言ってたよな」

 春野の視線を感じた。

「放送室でCDの残骸を見つけたんだよね。昨日の朝に。俺たちの劇で使うやつな」

 お前、心当たりないか?

 


 朝日を背にして、神谷の口角が下がる。

 心臓が嫌な音を立てた。

 

「あたしは放送室に入ってない」

 踵を返す。


 ——そして、脱兎のごとく走り出した。


「なっ!」

「せいらちゃん!」

「おいおいおい! うそだろ!」

 登校する生徒たちの横を突っ切って、自教室をも通り過ぎていく。慌てて追いかけるが、神谷の足に敵うわけがない。

 コイツ、逃げやがった!

 逃げたということはつまり、つまり……。


 しかし、どんどん小さくなる神谷の背中を、その時、誰かが真横にふっ飛ばした。


「⁉︎」


 思わず走るスピードを緩める。

 受け身をとろうとしたのか、傘立てに変な体勢でぶつかった神谷は、うめきながら相手を見上げた。


「驚きモモの木……八城せんせぇ……」

 階段をのぼってきたらしい。俺らの担任が、そこに立っていた。

「だ、大丈夫か⁉︎」

 八城先生もいきなりの出来事にビックリしているようだ。目を白黒させながら神谷に手を貸す。よろけながら立ち上がった神谷は、へにゃりと笑った。

「えへへ。あたしもまだまだだね。今のは対処できたはず……」

「いや、まず廊下を走るな」

「えへへえへへ」

 笑い事かっ、と調子を取り戻してきた先生が赤い顔で怒る。そんな先生に、神谷はへらへらと手を振った。

「笑いがとまらないよ。うへへ、たのしーね」

「どうなってるんだよお前の神経は! いいか! 反省文書いて放課後までに提出な!」

 八城先生がそう言い渡すのと、俺たちが追いついたのは同時だった。


「……なんだお前たち。そろそろチャイム鳴るぞ。さっさと教室に戻れ」

「……は、はい」

 もう駄目だ。八城先生の後ろを神谷がついていく。いつもよりやけに小さく感じるその背中を、俺は呆然と見送った。

 あたしが割った。そう聞こえた。


 


 もう俺は——こいつがわからない。

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