姉妹
スラリと襖が開いた。綾子さんが戻ってきた。
ケーキを見とめた綾子さんはゲッといった表情をわずかに見せた。なんでそれをお出しするの、と顔にありありと書かれている。これは神谷、あとで怒られるコースだな。
「……お、お待たせしました。粗茶ですが」
ふんわりと湯気のたつ緑茶が出された。よかったな春野。抹茶じゃないぞ。
神谷の横に綾子さんが座る。「
「え? なんのこと? 丸い方がお得感あるじゃん」
あっけらかんと言う。綾子さんが天を仰いだ。
「食べて食べてー。姉の作ったものはなんでも美味しいから」
「い、いただきます!」
春野がさっそく一口頬張る。その目がカッと見開かれた。
「美味しい……!」
でしょー! と神谷が調子にのる。どれ、俺も食べてみよう。「いただきます」
うん……これは、なんというか……。
とても良い。
スポンジはふわふわで、生クリームは甘過ぎずさわやか。いちごも見た目を裏切らない美味しさだ。至福。
「お姉さん、すごいね! 私一人っ子だから羨ましいなぁ」
神谷がフォークを咥えて春野に訊く。
「一人っ子ってどんなかんじ?」
「んー、兄弟喧嘩とかないから平和だし、いろんなこと独り占めできるけど、少し寂しい時もあるよ」
「寂しい?」
「うん。カードゲームとか人数いた方が盛り上がるし、姉妹で遊びに行くこともないし」
「それって不自由?」
え? と春野が首を傾げる。
「……んー、よく分からない」
「そっかあ」
神谷の口のまわりについた生クリームを綾子さんが拭ってやる。
それから、綾子さんが日頃の迷惑を俺らに謝ったり、春野が「とんでもございません!」と激しく頭を振ったり、「どうか無理しない程度に仲良くやってあげてください」という言葉に俺が微妙な顔をしたりした。
静かとはいえ、非日常的な、どこか緊張感のある時間が過ぎた。しばらくして綾子さんが部屋を出ていき、また三人だけとなる。
「はぁ……」
少し息をつく。
てか、綾子さんケーキ食べなかったの? ケーキ一切れ余っちゃってるじゃねーか。一番上のいちご乗ってるやつ、誰のですか。俺が食べていい?
「あ」
お、気づいたか? 食べていいな?
しかし神谷は何もなかったかのようにフォークを握り直す。
「どうしたの? せいらちゃん」
「ん……いや……」
めずらしく歯切れが悪い。
「なんだよ」
「あー……いつもテレビみてる時間だから……」
春野が食いついた。
「せいらちゃんってテレビ何観るのー?」
「ニュース」
「…………へぇ!」
悪くないんだけど、お前が真面目な番組みてるなんてイマイチ想像できないな。悲惨な事件をケタケタ笑うタイプか?
黙った神谷に、春野は少し困ったようだ。考える素振りを見せた後、上目遣いで確かめる。
「テレビ、観る?」
「いいの?」と目を丸くした。その様子にホッと頬を緩ませ「もちろんだよ」と春野が言うと、神谷は立ち上がり、障子を開けてどこかへ走っていった。
「そ……そんなにか?」
「ニュースの何がせいらちゃんのツボにはまったんだろうねぇ」
あれか? 芸能人の不倫をケタケタ笑うタイプか?
「ただいまっ」
「はやいわ」
帰ってきた神谷は小さめのテレビを抱えていた。コードを引きずっている。コンセントに差し込むと、さっそく電源をつけた。
パッとニュースキャスターの顔が映る。
『——うち一人が重傷、二人が病院へ搬送されましたが、その後死亡が確認されました』
「事故か?」
高速道路だろうか。車が横転している。その周りをパトカーや消防車、救急車が囲んでいた。
「違うよコレ」
爆発だよ、と神谷が言う。
「普通の軽自動車が衝突してドガーン?」
「違う。事故じゃない。ただ爆発しただけ」
春野の擬音語に違和感を覚えつつ、なんでお前そんなに詳しいんだよとテレビから神谷に視線を移した俺は、そこで奇妙なものを見た。
「お前……」
胡座をかき、頬杖をつき。
さっきまでのテンションはどこへ行ったのか。
笑うわけでもなく、顔を
なんでそんな普通の人みたいに……真剣なんだ。
お前、誰だ。
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