訪問
「——は⁉︎ ちょ、ちょっとまて! 部活は⁉︎」
「優先順位が高いのはこっち!」
「いやいや、どう考えても今じゃなくていいだろ! てかどこ行くんだ⁉︎」
春野に引っ張られ、つまずきながら校舎へと引き返す。
「知らないの? せいらちゃんは今、職員室で三者面談やってるんだよ」
「なんでまた……」
絶対その場に居合わせたくないシチュエーションだな。
「お母さんが先生たちに日頃のご迷惑を謝りたいんだとさ! もうすぐ終わるはずだから待ってよう。これ以上ないチャンスだよ」
チャンス……?
「あっ、ほら噂をすれば」
春野が指さした先では、職員室から出てきたのであろう神谷親子がちょうど階段をおりてくるところだった。
目を引くが、決して派手ではない神谷母の着物。堂々としているものの、先生に詫びに行ったという彼女は、娘とはだいぶ違う。変人の母親は変人というわけではないようだ。
「おーい、せいらちゃーん」
春野の声に反応した神谷は、後ろ向きで下りるのをやめて振り返った。
その破顔に、自然と眉が寄ってしまう。
神谷は大きく口を開けて飛び降りようとしたが、言葉を発する前に神谷母に頭を叩かれた。どうやら『約束』はまだ続行中らしい。
「せいらちゃん……のお母さん! こんにちは! 同じクラスの春野こころです!」
げ。
「お、俺は渡辺陽介です」
……挨拶とかなんか嫌だ。もちろん礼儀なんだが、これからヨロシク感がでてないか?
「こんにちは。いつも娘がご迷惑をお掛けして申し訳ございません。せいらの母の
完璧なお辞儀をされ、大人に慣れていない俺はどうしても気後れしてしまう。
春野も緊張しているのか、やや声をうわずらせながら「こちらこそいつも仲良くさせてもらってます!」と言う。
しかしそのセリフに神谷母——綾子さんは、今日はじめて真顔以外の表情を見せた。
「あの……うちの娘と仲良くしていただいてるんですか……?」
春野が大きく頷く。笑って誤魔化せよ。
綾子さんは驚きとも呆れともつかぬ顔で、俺たちと神谷を見比べた。そんなことがありえるのか、といった顔だ。
なんだろう……。この人も苦労してきたんだな。
そりゃそうか、と思い直す。変人の母親が変人とは限らない。それに親なら、こいつと一緒にいる時間は俺なんかよりずっとずっと長い。
俺は彼女に対する印象を改めた。この人は神谷を相手にしているという点において大先輩だ。
「そう、ですか……。せいらと仲良く……」
綾子さんは口をひき結ぶと、もとの冷たいと言っていい無表情に戻った。「では」と何かを決めたように着物の袖を正す。
「何か日頃のお礼をしたいのですが、もしよろしければ今からうちへいらっしゃいませんか」
たまらず綾子さんを二度見してしまった。
……は?
「それって……」
ハッとして横を向けば、目を輝かせた春野がいた。
「それって、お宅訪問ですか⁉︎」
「ええ。大したもてなしはできませんが」
綾子さんのお誘いに、春野は両手を上げて喜んだ。
「やったあ!」
るんるんと飛び跳ねる変人大好き女から、一歩
嘘、だろ……。
お前……部活は? と言っても「すぐ着替えてくるね!」とサボる気満々だ。
「渡辺くんもよろしいよね!」
実行委員だもんね、と付け加える春野は、俺が嫌がっているのを見抜いているのか。……うん。全然よろしくないんだけど。
神谷が犯人なのかどうか。それを確認するだけだったはずなのに。だから嫌だったんだよ、挨拶とか。
俺は頭を掻きむしった。
でも今回ばかりは『確認』の仕事をしなきゃいけねぇのか?
——チッ。
「……目的忘れんなよ」
小声で戒めれば、春野は「うん!」と言って笑った。
はたして、俺と春野は神谷邸に訪問することになった。
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