討伐隊派遣組《第陸番》の討伐記録。

環月紅人

条件:顕現者一名/中位種一体/砂漠地帯(3064文字)

「ファイティングステップ」

 そう唱えた彼女の全身に、血脈のような赤い光が浮き出たように現れる。それは全身体能力の強化補助。正しく言えば、闘うための感覚というものを引き上げるために用いられるものだ。

 片手に顕現させる彼女の天賦の才の形は、斧戟槍ハルバードだった。

「ガッシャッシャ」

 目の前。相対する異形は些か普段のものとは異なっていた。その性質は、俗に下位種とされ「ケシャケシャ」と喚く異形よりワンランク上の強さを誇り、「ガッシャッシャ」と発達した外骨格にくぐもった鳴き声を持つ、両腕・背・頭部・足に甲羅を持ったその異形。

 その堅牢さから、城塞種ルークと呼ばれている個体だ。

 なかなか骨の折れる相手だろうが。

「ライズ」

 反射神経強化補助。

「ホークアイ」

 動体視力強化補助。

「ハイクロック」

 体感速度強化補助。

「重ねて――ドラゴンオーラ」

 全ての効果を倍増させる、龍の神威を模したスキル。

 彼女の周りに様々な光が浮かぶ。

 半ば強制的にも引き上げられている異常なまでのバフ行為。決してそれは、紫電白虎(クイック)だけで賄える全ての下位互換的な価値しかなかったが、そのスキルさえも使えぬ彼女にとって見れば十分だ。

 斧戟槍ハルバードを構える。身長155センチ程の小柄な彼女には似合わない、全長170センチにも及ぶ大槍を両手で構え、見据える先は城塞種ルーク

 先に動いたのは、異形だった。

「ガッシャ――」

 口元。その装甲がガシャンと外れるようにスライドし、隠されていた悍ましい口が明らかとなる。鈍く光る羅列した牙、マペット人形のように大きく開く口からは、練り集まった光流が、死の色として彼女に悟らせる。

 間一髪だ。危機的な察知からすぐにその場を離脱すれば、直線上。城塞種ルークから彼女が元いた地点まで25メートル以上にも及ぶ高密度の熱の一線が放射された。

 地面には一条の筋をしかりと残し、まともにソレを食らってしまえばただでは済まないのは確かだろう。

 にぶい脂汗に緊張感を持ちながら、彼女はその隙を狙って回り込む。城塞種はその姿ゆえに鈍足であり、自重からあまり動けない。よって、だからこそのビームとも呼べる遠距離攻撃を兼ね備えているのだが――。

「ハァアアッ!」

 接近し、振りかぶる斧戟槍ハルバード。穂先には槍部(貫)、その下には斧部(斬)、反対側には鉤部(衝)を備える、かなり多くの状況でその汎用性を発揮する斧戟槍ハルバードは、この場合でも薪割りのように城塞種ルークを容易く切り裂くものと思えた。

 が。

「――ッ」

 ガキンッ! とけたたましいような金属音を鳴り響かせて、衝撃の余韻が斧戟槍ハルバードを伝って両手に走りビリビリとさせる。

 弾かれ、バックステップで距離を取る。間違いなく、外骨格のその隙間を狙って、核たる心臓へ狙いを定めた両断であったはずなのに――弾かれたのは、ただ一つの理由しかない。


 城塞種ルーク。その、両腕・背・頭部・足に纏う外骨格は噛み合うような作りなのだ。

 正しく。異形としての肢体を丸め、一片の隙間なく形作られる球状の鋼。

 その硬さは、並大抵では貫けない。並大抵では破けない。並大抵では、手も足も出ず、ビームによる高火力。球状化による完全防御。完璧すぎるほど、手強い相手であるはずだ。

 二度目の一射。直線上のエネルギー帯を前転で回避する。自身の体躯よりも大きな斧戟槍は、律儀に連れて移動する必要はない。

 この世界、武器は自由に出し入れ出来る。

「――っ、翠震青龍(バースト)」

 それは。

 彼女にとって、紫電白虎(クイック)の代わりとなるもの。所属する機関により使用権の得られているスキル。

 ――構えた斧戟槍ハルバード。そこに、エメラルド色のオーロラが纏う。クルクルと回せば尾を引くように広がるオーロラは美しく、儚く、彼女の褐色肌をより魅力的に染め上げる。

 全身に満ちる強力なバフ。武器に付与される翠震の波動。

 今一度。カチャリと構え直した槍に、城塞種ルークは再度ビームを放つ。躱す。

 発生する遠心力がそこにはあった。駆け出し、手の内を横に滑らせて石突辺りを両手で持つ。まるでそれは巨大なコマのように。170センチの巨大な竜巻にも似た回転を持って、彼女はビームを避けるために直線上ではなく、大回りとなって接近する。

 一回転。二回転。三回転。

 徐々に鋭さを増していく翡翠の旋風に、グ、と支点として突き立てた片足。屈んだ彼女が跳躍する。

 城塞種ルークは球状化する。振りかぶり、身体を横に捻って、先程よりも大きく力を込めた振り落とし。


 ――それは、銅鑼を叩いた衝撃の可視化に近い。


 波紋のように広がる翡翠。幾重にも重なるような、オーロラの光を持って、斧戟槍ハルバードと外骨格の接触面は爆発性の力は生む。

「ガッ!?」

 メリィ、と凹んだ甲羅があった。貫通こそ、切断こそ、斧戟槍ハルバードには成せていないが、翠震青龍の加護を受けたその一打は、強烈な攻撃力を実現させる。

 呻く異形。ズズズと衝撃に耐えきれず、弾けた城塞種ルークはその自重のままに地面に痕を残して滑る。外骨格の噛み合わせが、僅かながらに緩んでいる。

 追撃。一切の隙は許さない。否、隙を与えなければ球状でずっと居続けられるのならば、隙を残して戦うべきだ。

 それは並大抵の戦闘技能ではない。武器に関してのセンスこそ、絶対的な天賦の才として賄われるだろうが、ことこの駆け引きに関しては。

 純粋な、彼女としての力量である。

「ふっ――!」

 彼女が動く。応じて、城塞種ルークは再びガードを強めようとするが、構え直した斧戟槍ハルバード。差し向けるように鉤部を噛ませる。

「くッ」

 強い力だ。さすが完全防御姿勢と言える。が、先程の衝撃に歪んだ隙間。そこに噛ませた鉤部を持って、こじ開けるように力を込めた。

「翠震青龍(バースト)!」

 再び。空間に波紋が浮かぶ。グ、と力を込めただけでありながら、先ほどまでの堅牢な鎧がいとも容易く突破される。

「ガッシャァ!」

 完全防御の突破である。

 肢体を広げるようにして、球状の鋼は無防備な亀のように肉を晒す。弱点を晒す。

 引き摺り出される。

 異形は起死回生にとビームを吐こうとしていた。

 手元に引き戻した斧戟槍ハルバードを、彼女は今度。突き刺すように差し向ける。

「翠震青龍(バースト)」

 ――貫通、だった。

 間違いなく、城塞種ルークは。

 その頭部を、守るものの一つもなく晒された頭部を。

 刺し貫かれて、絶命するのだ。


 パァンと弾けるようにして。

 紫色の結晶が、辺りに散らばって閉幕を知らせる。

「……っ、はぁ……」

 酷い消耗だ。能力を使いすぎた。

 息を吐くように、突き立てた斧戟槍ハルバードを支柱にしながら座り込む。

 息が荒い。余裕はないのだろう。

 フラフラとして、眼は霞んでいる。

 負けてはいないが、これでは勝ちとも言えなさそうだ。

「大丈夫ー!? リウ!」

 駆けつけるような仲間の声があった。心配して、急いでここまで来てくれたのだろう。

 リウ、と呼ばれた褐色の少女は、弱々しくもにへらと笑う。

「うん。終わったよ、終わらせた」

「もう! 無理しちゃだめだよ! 中位種だって強いんだから!」

「そんな事ないよ。余裕だし」

「フラフラじゃんか!」

「嘘じゃないし」

 目を逸らす。片腕を抱えて立ち上がらせてくれる友に、彼女は元気付けられている。

「ふぅ……これじゃあ、足りないよ」

 キラキラと染め上げられる結晶の景色。見つめながら、手を伸ばす。

 ――取り込むように結晶を吸収する。

「まだまだ強くならなきゃね」

「リウは無理しすぎだと思う」

「あっはっは」

「あっはっはじゃないー」

 頬を掻く。友が暖かい。

 とは言えど、この世界は優しくない。強くなければ生き残れない。誰かを守ることさえ出来ない。敵はあまりにも強いのだ。こんな城塞種ルークは目じゃないほど。

 だから。

「お腹減った」

 彼女は強くなると決めた。

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