Blue Memories

 忘れてしまっている、と思っていた。

 思い出すことが無かった…と言えば、嘘になる。それでも、最近は思い出す事も少なくなっていた。


 ただの、何の意味もない口約束だったのかもしれない。でも…あたしにはそうじゃなくて、暗闇の中に射す一筋の光のような、希望だった。

 まさか、覚えていてくれたなんて。ただ、あたしの中にだけ残っている、そんな、言葉だと思っていた。


「十年後?」

「そう。十年後。」

 あたしが二十九歳で、なかばさんが三十二歳。

「いいよ。約束する」

 あたしを見る瞳は、柔らかい光を帯びていて吸い込まれそうに綺麗だ。その瞳を、あたしは忘れたくない。あたしを映した瞳を、きっと忘れない。

「ありがとう」

 誰も知らない、あたしと央さんの秘密の約束。


 愛されることは、決して無い。

 と、分かっていたから

「この瞬間が、永遠になればイイ」

 何度も、そう願った。


「………」

 開いた口がふさがらないって言うのは、こんな感じなんだろう。

「よう。久しぶり」

 軽く挙げられた腕のラインとか、柔らかい微笑みとか。

「央…さん?」

「おう」

 あたしの様子に小さく浮かぶ苦笑。そんなところも、あの頃と変わってなくて…。あたしの中で、遠い記憶が鮮やかに甦る。大切な時間を過ごした、桜華街での日々。楽しさと幸せと喜びと、苦しさと切なさと愛しい気持ちで溢れていた毎日。そんな、硝子細工ガラスざいくみたいにもろくてキラキラしていた頃の思い出が、走馬灯の様に脳裏を走っていく。

空海あみ?」

 あたしは、隣で自分を呼ぶ声にはっとする。

「大丈夫か?」

 心配そうにあたしを見るけいの瞳。蛍の瞳に映る、不安げな表情のあたし。

 大丈夫。あたしはここにいる。

 蛍に向かって小さく頷いて、あたしは目の前にいる懐かしい顔に笑みを向けた。

「……お久しぶりです…央さん」

 あたしは上手く笑えただろうか。あの頃と同じように…誰よりも、何よりもたった一人を思っていたあの頃のように…


 二人で並んで歩くのなんて、一体何年振りなんだろう…

「お前緊張してただろ」

「というか、驚いてたんです」

 あまりにも突然の、久しぶりの再会だったから。

 夜空に浮かぶ月は、あの頃と同じように綺麗で。でも、並んで歩く二人の間に流れる空気はどこか違っていて。

「綺麗になってて驚いた」

 一瞬触れた指先をきゅっと握り締められる。あの頃と同じようにあたしよりもほんの少し高い体温。

「央さんは…相変わらずですね」

 変わらない笑顔と変わらない温もり。変わらない胸の奥の苦しさと沸いてくる想い。あまりにも変わらないから、並んで歩いていると桜華街にいるような錯覚を受けてしまう。

 あの頃とは違うのに。あたしも……央さんも……。それでも、あの頃と同じ二人でいたいと思ってしまう。

 幸せだった。

 央さんの側に居られて。央さんを愛せて。

 央さんを愛していたあの頃があるから、今、あたしはここにいる。

「あたし……央さんのこと……好きだったんですよ」

「そうか……」

 あたしは、小さく苦笑する。

 央さんは気付いていたはずだ。あたしの、溢れるほどの想いを。

「……今でも、大切な人です」

 形は違うけれど、大切な愛しい人。あたしにとってかけがえのない人。

「ありがとう……」

 優しい笑み。あたしの大好きな、央さんの笑顔。



 貴方から教えられたたくさんの事

 忘れない。

 人を愛する喜び

 切なさ

 苦しみ

 貴方を愛した想い。

 それは嘘じゃない。本当の想い。

 離れてしまった今も、

 形は違っても、

 貴方への想いは本物だよ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る