女王と騎士3

 城の奥、そこに飾られた一本の剣。聖剣と呼ばれるそれは、誰も使うことができない。


 たった一人のために与えられた物だから。


「また、世界に危機が訪れるのか」


 予言が普通のものなら、ここまで気にすることはなかっただろう。けれどそうではなかった。


「これが使えれば、私も力になれるのだが」


「諦めろ。それが使えるのは、ヴェストリア・バルスデ・フォーランだけだ」


 またここに来ていたのか、と呆れたようにセルティが言う。


「お前は、本当に英雄が好きだな。自分が女だからか」


「そういうわけでは…」


 違うと言おうとしたが、図星だった。否定したところで、幼馴染みでもある彼にはバレてしまうだろう。


 幼い頃からずっと傍で見てきたのだから。


 なにかが違っていれば、隣にいる彼が恋人になっていたのだろうか。ふと、そのようなことを考えてやめる。


「父上には、男児が生まれなかった。私とシュナしか跡継ぎはいなかった」


「だから、手に血豆作りながら頑張ったんだろ」


 姫という立場でありながら、騎士学校に入りたいと言ったのは忘れない。周りが慌てたように止め、イクティスが見ることで話をつけた。


 すぐに諦めると誰もが思ったのだ。


「お前の努力は認めるが、できないものはある。強ければ使える代物ではない」


 どう足掻いても、誰も使えない代物だとセルティは言う。彼だって使えない物なのだ。


 こればかりは、どうすることもできない。しかし、これを求める気持ちは理解できる。女王でも問題ないと周りに見せつけたいのだ。


 バルスデ王国の長い歴史、女王が即位したのは初めてだった。理由として、側室が当たり前にいたのも大きい。


 王子が一人もいない、なんてことはなかったのだ。


「私は、強くなくてはいけない」


「それで、自分より弱い男は認めない、だろ」


 何度聞いたことかとため息を吐く。


 彼女が女王として強くなるほど、壁が高くなっている。これではいつになるかわからない。


 婿は現れないかもとすら思ったほどだ。


「クオンを狙ってるのか」


「気に入っているのは、事実だな」


(狙ってたのか)


 さらりと言われてしまえば、やれやれと思う。彼が予言の通りなら、フィーリオナより強くなるだろうが、幼馴染みのリーナがいる。


 二人の関係は見ているだけで十分にわかるものだ。


「月神は蘇る。覚醒は世界へ災厄が訪れた証、か」


 厄介な予言が下ったものだ、とセルティは聖剣を眺める。


 月神が蘇るだけなら、ここまで大事にはならなかっただろう。それが、世界へ災厄が来るとついていた。


「予言者の予言は外れない、と言うよな」


「らしい。私も詳しくはないが、セイレーンでは絶対としてる」


 今までも当ててきた結果があるだけに、信じないわけにはいかない。四人で話し、決めたことだった。


 これが外れたなら問題ないが、当たってしまえば大変なことになる。ほっとけるわけがなかった。


「私も、魔物討伐に行こうかな」


「おい…」


 そこまでやるのかと言いたかったが、笑いながら見てくる姿にため息が漏れる。


 これは止めても無駄だとわかったからだ。


 魔物討伐は、月光騎士団と聖虹騎士団の協力戦となっている。セルティが行くなら問題ないだろうと視線が語りかけていた。


 確かに、誰もいないよりはいいかもしれない。おとなしく自分の傍にいてくれればの話だったが。


「変な真似しないか」


「約束できん」


「即答かよ」


 あっさりと言われてしまえば、一瞬殴りたくなったから困るのだ。


 さすがに女を殴る真似はしないが、時折この女王ならいいのではないかと思う。少しぐらいなら殴っても問題ないと。


「夜這いぐらいは許されるだろ」


「許されるわけないだろ!」


 女王ともあろう者がなにを言うのかと怒鳴る。さすがに許されない。


「既成事実を作ってしまえばと思ったのだが、ダメか」


 本気でクオンを狙うのかと呆れた。彼女もリーナのことはわかっているだろうにと。


「なんで、クオンなんだ?」


 クオンほどの強さでいいなら、他にもいるだろう。まだハードルは高くない。


 それこそ、クロエやフォルスといった若手もいる。イクティスも未だに独り身だ。


「月神だからか?」


 月神を夫にできたなら、女王としても揺るがない立場となるかもしれない。


 けれど、それでいいのかと言いたかった。立場のためだけに夫を選ぶので、彼女は幸せになれるのか。


「私は強い男がいいだけだ。あれは強くなるからな」


「否定はしないが」


 彼が月神だろうが、そうでなかろうが構わない。強くなるからと言われれば、強くなるという部分は否定できなかった。


 今よりもっと強くなる。それだけは事実だとセルティも言い切れた。彼には底知れないものを感じるのだ。


 とにかく魔物討伐に連れて行けと言われれば、仕方ないと折れる。定期的に言われることなだけに、もう慣れたというのが正解だ。


「俺についてきてもらう。それは譲らないからな」


「仕方あるまい」


 不満げに見てくるフィーリオナに、これは抜け出すなと表情は引きつる。


「フィオナ…」


「自分の身は自分で守れる」


 澄ましたように言うから、わざとらしくため息を吐く。


「せめて、夜営のときに顔を出すだけにしろ」


 女王が行ってしまえば、他の騎士達がどのような反応をするかわからない。


 年若いことを除けば、クオンや副官二人に問題はないと思っていたが、気を付けるに越したことはないだろう。


 挨拶程度なら、女王がいても問題にはならないだろうとも思っていた。


「……わかった」


 こちらが妥協したのだからお前も妥協しろと視線で訴えれば、フィーリオナも渋々頷く。


 さすがに、彼が許可を出さないと行けないのだ。






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