女王と騎士

 夕陽が照らす城内、淡いオレンジ色の髪を揺らしながら歩くエルフの男性が一人。


「イクティス様、陛下はなぜ…」


 その人物は陽光騎士団の団長、イクティス・シュトラウスである。


 隣にはハーフエルフの青年が一人。リーナの兄でもある、フォルス・ノヴァ・オーヴァチュアだ。


「君こそ、どうしてクオンを嫌うのさ」


 頼まれたことに困惑するフォルスに、イクティスは笑いながら問いかける。


 三百年を騎士として過ごす彼は、四大騎士族シュトラウス家の現当主であり、同じ四大騎士族の仲間を生まれたときから見ていた。


 フォルスがクオンを嫌うのは、生まれたときからだと知っている唯一の人物。


「……あいつは、妹を…リーナを遠くへ連れていく」


「だから、嫌いなわけだ」


 気付いていたことに、さすがと言うべきだろうかと思う。


 正確なことを知っているわけではない。それでも感じ取ったのは、血筋の問題だろうとイクティスは思う。


「あいつといなければ、リーナは普通の幸せを得られる」


 ただでさえ銀髪のせいで老婆とバカにされている。色白だから目立つ群青色の瞳は、不気味だとも言われていた。


 傷つき泣いて過ごした妹を知るだけに、幸せになってほしい。


 兄として妹の幸せを願うからこそ、フォルスはクオンだけは認められないのだ。さらに苦労すると思えたから。


「自分でもおかしいと思います。赤ん坊見て、こいつを近づけちゃいけないと思ったんですから」


 気のせいだと思った。思いたかったのだが、成長するとさらに強く思うように。


 とにかく違和感が拭えないのだ。ただの人間なはずなのに。


 ここ最近は特に思う。なにかが変わったようには思えないのに。


「血、だね」


「そうなのですかね」


 オーヴァチュア家には、時折変わった能力を持つ者が生まれる。


 理由はわかっていないとされるが、イクティスは知っていた。彼はシュトラウス家を継いだ者だからだ。


 シュトラウス家は、廃止される前は貴族として権力を持っていた。騎士としても貴族としても、バルスデ王国ではトップに立つ家柄である。


 その地位を利用して、この家だけに継がれているものがあった。神々の戦い、と称された話だ。


「君には、いつか話すかもしれない。無関係で済まないだろうから」


「それは、シュトラウス家にだけ語り継がれている、特別な話ですか」


「そうだよ。すべて、クオンとリーナ次第だろうけど」


 いや、リーナ次第だろうと思う。


 すべてを語り継ぐ者だから、イクティスは確信していることがある。クオンは絶対にリーナを巻き込みたくない、そう思うだろうと。


「リーナが選んだときは、身を引くんだよ」


「わかっています」


 そこまで行動を制限するつもりはない。フォルスの言葉に、イクティスも笑みを浮かべる。


「それで、そのお話とクオンが関わるわけですか」


「クスッ…陛下がクオンを見てこいって言うのは、また別なんだよ」


 仕える王から言われ、合同訓練を見ていた二人。理解不能な仕事を与えられ、フォルスは困惑したまま見ていた。


「強いから、ね。陛下は、強い方が好きだから」


「もしかして、個人的な理由ですか?」


 さすがに表情が引きつる。


 いくら王とはいえ、個人的なことで一日を無駄にしたのかと思う。内心は勘弁してくれと思っていた。


 気持ちがわかるだけに、イクティスは苦笑いを浮かべる。


(フォルスにクオンを認めさせたい、という気持ちもあるんだろうね)


 わかっているから、彼にも頼んだ理由は他にないと思った。


(陛下も、どちらなのか)


 思わずため息を吐きそうになり、慌てて呑み込む。さすがに、フォルスの前で見せられない。


「報告は僕がしておくから、帰っていいよ」


 聞かせられない話もするだろう。いくら四大騎士族であっても、連れてはいけない。


「はい。それでは、また明日」


 イクティスの内心には気付かず、騎士の礼をするなりフォルスは帰っていく。


「さてと、我が王の元へ行こうかな」


 報告を今か今かと待ちかねているだろう仕えるべき主の元へと、イクティスは歩みを早めた。






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