銀髪の副官3

 焦りが落ち着いたとわかれば、フィフィリスは頭を撫でる。リーナの存在は娘のような感覚なのかもしれない。


「さてと、汗を流して買い物に行きましょう」


「か、買い物ですか?」


 まだ稽古をつけてもらいたいと思ったが、約束してしまったことを突きつけられ黙るしかなかった。


 守らなければ、この先ずっと見てもらえないのだから。


「リーナの惚れてる彼のために、女を磨かなくてはね」


「だ、だから違うんですー!」


 ただの幼馴染みだと言ったところで、フィフィリスには通じない。これが年の功というものかと思ったほどだ。


 あと百年ぐらい生きれば師匠に勝てるのかと考えてみたが、おそらく無理だと結論付ける。この師匠には、一生勝てないだろうと。


 街へと連れ出されたリーナは、普段行かないような店に行き、普段着ないような服を見せられた。


「あの、服なんていらないです…」


 ほとんど休みなしで働くリーナ。私服を着ることは珍しいのだ。


「だめよ。いつもズボンで…これがいいわ。スカート姿を見せてあげなさい」


 見惚れるかもしれないわよ、と耳元で囁かれれば視線は泳ぐ。


「どうせなら、見せに行きましょう」


「や、やめてください!」


 そんな格好で騎士団の元へは行きたくない。恥ずかしいからだが、バカにされるだけだとわかってもいるからだ。


「そうね。見せるなら彼一人がいいかしら」


「うっ…」


 見せることは確定なのか、と言葉に詰まる。それも、よりにもよってクオンへ。


 恥ずかしくて無理だ、と言っても無駄なことはわかっている。わかっているが、回避できないかと考えた。


 満足のいく服が見つかったのだろうか。数回ほど頼まれ試着をしたら、フィフィリスは会計を済ませた。


 これで解放される。そう思ったのは間違いだった。すぐに別の店へと入っていく。まだ買うようだと、ため息が漏れる。


「耳は大切だから、残しましょう。首元がいいわね」


 ご機嫌でアクセサリーを見る姿に、誰か助けてと思ったのは言うまでもない。


 ふと見た先に鏡があり、リーナは視線を逸らす。自分の姿など見たくもなかった。


「色が白いわよね」


「そう、ですね」


 確かに白い。夏の陽射しで焼けないかと頑張った時期もあったのだが、結局肌がヒリヒリして終わってしまった。


「自分の家系を調べたこと、ないのかしら?」


「ないです」


 調べたからといって、これが変わるわけではない。だから必要ないとリーナは言う。


 髪だけではなく、肌が白いのも嫌いだ。そのせいで群青色の瞳が目立ち、気味が悪いと言われ続けた。


 守ってくれたのは、クオンともう一人の知人。気にすることはないと二人だけが言ってくれたのだ。


「これはオススメなのよ。私も使ってる物でね」


 次の店で髪の手入れをする物だ、といくつか見せられる。この髪を手入れするのかと思わなくもない。


「銀髪とは珍しいですな。西に行くと当たり前らしいですが」


「そうねぇ。私も一度行ったけど、確かに銀髪ばかりだったわ」


 西の血が流れているのかもね、と笑いかけるフィフィリスに曖昧な笑みで受け流す。


 そうかもしれないが、興味はない。知ったところで、なにかが変わるとも思っていなかった。この気持ちが変わるわけではないのだ。




 結局、化粧までされて帰路についたのは夜になってから。


 普段もフィフィリスを訪ねると、夕食を食べて帰るのでそこは問題ない。けれど、この化粧と服装はどう説明するべきだろう。


「…リーナ?」


 俯き考えながら歩いていれば、聞きたくない声が聞こえて止まる。見なければいいのに、思わず見上げてしまった。


 逃げ出したいと思ったが、動かなかった自分を褒める。走り去れば怪しいことこのうえない。


「今、帰りなんだ」


「あぁ…リュースが容赦なく帰ったからな」


 もう一人の副官は手伝ってくれない、とぼやく姿にクスリと笑う。


「笑ったな。変な顔してたぜ」


「なっ…」


 不意打ちで見せた優しい笑みに、リーナは胸がドキドキというのを感じる。


 なぜ、いつもこうなのかと思う。彼はなにかを察したように、気分が落ちてるときに限って優しくなる。


「また、なにか言われたか?」


 老婆だとバカにする奴は、片っ端から殴ってるんだがなぁとぼやくから驚く。


 確かに、途中から減ったなとは思っていた。それでも、また増えはじめているのは立場的な問題だ。若くして副官という肩書きを得てしまったから。


「気にするなよ。俺は、この髪好きだぜ。みんな知らねぇんだ、月明かりに照らされると淡く輝いてきれいだなんて」


 髪に触れてくるクオンに、慌てたのはリーナだ。フィフィリスに言われた言葉を思いだし、急に後悔する。


「ほらっ、送ってってやるよ」


 頭をポンポンと叩くと、クオンは来た道を戻っていく。


「一人で帰れるわよ」


 普段通りに話せているだろうか。ドキドキと高なる鼓動に、リーナは落ち着けと願う。


「バーカ。こんな時間に、女を一人で帰せるかよ。そんなきれいな格好されてよ」


「……きれいじゃないもん」


 自分には不釣り合いな格好だ。


 似合ってなどいない。自分は老婆のようで、不気味な目をしたハーフエルフでしかないのだから。


「クオンはいいね、森みたいな瞳で」


 彼の瞳を見てるのがとても好きだった。雪解けの森を連想させるから。


「俺が森なら、リーナは海だな。西へ行く海路は、途中から濃い青になるって話だ。きっと、そんな色だぜ」


「海…」


 そんな風に例えた人はいなかった。フィフィリスですら言ったことはない。


「瞳は森に海で、髪は夜と星雲…悪くねぇな」


 一人で納得したように呟く姿に、リーナは空を見上げた。


(確かに、クオンの髪は闇夜の色かもしれないけど)


 星雲は言い過ぎだと思う。思うのだが、彼が言ってくれたことが嬉しい。


「お前を老婆だなんてバカにする奴は、俺が全員ぶっとばす。だから、もう考えるな」


「うん…」


 考えるのはやめようと思った。彼がこの髪を好きだと言ってくれたから。それだけで十分だ。


「明日にはいつもの副官殿だな」


「当然でしょ」


 月明かりに照らされ、輝く髪に触れながらクオンの背中を見る。


(夜でよかった)


 きっと顔が赤くなっているだろう。こんな姿、彼には見せられない。


 ありがとうと心の中で言えば、リーナは微笑んだ。






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