銀髪の副官2

「おかえりなさいませ、リーナお嬢様」


「ただいま」


 早朝の手合わせを終え、簡単な報告を済ませたリーナは自宅へと帰宅していた。


 そう、報告のためだけに出勤したのだ。


「リーナお嬢様、怪我を」


「あー…クオンと手合わせをしたときにね」


 上着を脱いで預ければ、腕に巻かれた包帯が執事に見えてしまった。


「昔は勝てたのになぁ」


「悔しいのですか」


「まぁ、ね。だから、着替えたら出掛けてくるわね」


 どこへ、とは聞かない。聞かなくても、執事にはどこかわかっているのだ。


 せっかくの休みなのだから身体を休ませてほしいと思うが、無駄だともわかっている。


(困ったお嬢様だ…)


 走って部屋に戻る姿にため息が漏れた。


 そして、数分も経たないうちに戻ってくるリーナ。


「あとは頼むわね」


 私服に着替えたリーナは、レイピアを片手に家を出た。


 騎士としてとにかく強くありたいと思う。それは、すべてクオンの隣にいるためだ。


 まだ鍛えが足りないと彼女が向かったのは、一人のハーフエルフがいる家。


「師匠! 鍛えてください!」


 この国には三種類の学校がある。騎士学校、魔法学校と普通の学校だ。


 普通の学校は、一般に広く学び場を与える学校。国の歴史から読み書きを教えており、安い授業料で通える。望む者には追加料金で専門的な知識も教えていた。


 騎士学校は当然、騎士を目指す者だけが入る。騎士として必要な実技を学ぶだけではなく、国の歴史もすべて学ぶのだ。


 それにたいし、魔法学校は魔法を専門に教えている。適正試験の後、攻撃から治癒、補佐などを教わるのだ。


 リーナは七歳で魔法学校へ入学。二年で卒業し、騎士学校へ入った経歴を持つ。


「また来たの? あなたも困った子ね」


「師匠のように強くなりたいんです!」


 彼女が訪ねたのは、騎士見習いだったときに知り合ったフィフィリス・ペドラン。双剣使いのハーフエルフだった。


「リーナ、鍛練もいいけど、少しは女も磨いたらどうなの。もう、肌がこんなに荒れて」


 肩で切り揃えた金色の髪に、エルフの血を引く者には珍しい真っ赤な瞳。落ち着いた雰囲気で、その美しさに言い寄る男性が絶たない。


 しかし、言い寄ることで地獄を見るらしいと、リーナは噂で聞いている。


「別に、磨かなくていいし」


「ダメよ。惚れた相手がいるなら、こんなボロボロじゃいけないわ」


「ほ、惚れてないです!」


 慌てたように否定するが、耳まで真っ赤な姿では隠せていない。


「きれいな髪も、手入れをしてないじゃないの。もったいないわ」


 触れられた髪にリーナは複雑な気分になる。


 本来、エルフの血を引く者はその特徴を濃く継ぐ。多いのは金色の髪だと言われており、リーナの兄もきれいな金髪だ。


 けれど、妹のリーナはエルフにはない銀髪。老婆のようで本人は嫌っていた。


 陰では老婆と嫌味を言われているのも彼女が嫌う理由だったのだが、フィフィリスは会う度にきれいだと言う。


「枝毛じゃない…もう、女を磨く約束をしましょうね。じゃなきゃ、見てあげません」


「うっ…わ、わかりました」


 見てもらえないのは困る。リーナはどうしても強くありたいのだから。


「それじゃ、まずは軽く運動といきましょうか」


 微笑むハーフエルフはとても美しい。羨ましいと思うほどに、美しかった。


 自分ではあれほどまでに美しくはなれない。だから、せめて騎士として見劣りはしたくなかったのだ。


 それすらできなくては、隣に立つことはできないから。


 まずは剣術を見てもらい、そのあとは魔法を見てもらう。


 納得がいくまで何度でも頼む姿に、フィフィリスは焦りすぎとストップをかける。


「どうして、そんなに強くなりたいの? 家のため?」


 オーヴァチュア家は騎士族の四大家系のひとつ。遥か昔は貴族として権力を振るい、その後は騎士として権力を持つ。


 四代前の当主ディアンシ・ノヴァ・オーヴァチュアが、当時の王ヴェストリア・バルスデ・フォーランの護衛をしていた経緯から、自然と力をつけたのだ。


 以降、強い騎士を多く輩出している家系であり、彼女の両親や兄も騎士である。


「あなたは、あなたらしくしてればいいと思うのだけど」


 決して見劣りする腕ではない。家名に釣り合う強さを持つのだから、じっくり鍛えればいいのではないか。


 若い同族に、先は長いのだからと諭す。


「わかってます。でも…人間はあっという間に死ぬから…」


 だから急ぐ必要があるのだと呟く。


「……彼ね。あのね、彼の強さに釣り合うのは大変だと思うわよ」


 フィフィリスは軽く三百年は生きている。だから感じることもあり、彼は普通ではないと思っていた。


 得体のしれないなにかを秘めていると。


「最近、また強くなった気がして」


「それで焦っちゃったわけね。いいじゃない。彼が落ちてきたら、支えてあげれば」


 いつかは歳という問題がくるのだからと笑いながら言えば、リーナも笑った。


 言われてみればそうかもしれない、と思えたのだ。クオンがいつまでも強いわけではない。


 衰えてきたら、そのときは自分が支えてやればいいのだ。大きな貸しが作れると思えた。






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