銀髪の副官

 バルスデ王国は世界一の騎士国と言われている。その理由は、三千年ほど前に敵国へ陥落したことから始まる。


 当時の事件は、英雄王の記録としてすべてが書き残されていた。学校に通っていれば誰もが学ぶことである。


「おはようございます、団長」


 四つある騎士団。そのひとつ、月光騎士団に史上最年少の団長はいた。


「おはよう」


 休日明け、いつもより早めに出勤し、前日になにがあったか確認をする。誰もいないと油断していたが、突然現れた女騎士に表情が引きつりそうになった。


 なんとか隠しきり、様子を伺うように見上げる。喧嘩しただけに、気まずいのは言うまでもない。


(なんでバレたんだよ)


 今まで一度だってバレたことはなかった。もしバレたのだとしたら、それは彼女が早起きして家から見ていたということだ。


 城へ行く手前に彼女の家はあるのだから。


 挨拶以降、ずっと無言なことが怖い。やはりまだ怒っているのだろうか。


「どうぞ…」


 差し出された珈琲に、ぎこちなく受け取る。眠気覚まし的なことだろうか、と一口飲んで吹き出しそうになった。


「にっがぁ…」


 無糖だったのだ。クオンは無糖の珈琲が苦手だった。


「クスクス。バーカ!」


 笑いながら振り向いた女騎士、月光騎士団の副官であり幼馴染みのリーナ・ノヴァ・オーヴァチュアは、無糖の珈琲に砂糖とミルクを入れる。


「まったく、なによあれ。あんな時間に渡されて、太るだけじゃない」


 それは、クオンが渡してくれと預けたパイのことだ。職務が終わり、夜遅くに帰宅したら執事から渡されたのだから困った。


 あんな時間に渡されるぐらいなら、素直に騎士団まで届けにこいと言う。


 彼女の帰宅時間までは気にしていなかった。というよりも、食事の時間など気にしたことがないというのが正解だ。


「わ、悪かった…」


 バツが悪そうな表情で視線を逸らせば、今度は甘い珈琲にホッとする。


「二つも食べたんだから、私の運動に付き合いなさい」


 そのために早く来たのだとわかれば、仕方ないとクオンは立ち上がった。


(女ってめんどくせぇ)


 食べる時間も気にしなくてはいけないのか、と内心ぼやく。騎士の訓練があるのだから、それぐらいじゃ太らないだろというのが本音だ。


「やるからには、手は抜かねぇからな」


「当然でしょ」


 即答されれば、可愛くねぇとぼやいて殴られた。


「お前、絶対嫁にいけねぇぞ」


「別に急がなくていいもん。私は誰かと違って長生きだから」


 澄まし顔で人間より長い耳を触るから、そうでしたとため息を吐く。


 オーヴァチュア家にはエルフの血が流れている。この国ではさほど珍しくもないハーフエルフ。


 リーナも当然ハーフエルフで長寿の一族だ。自分とは寿命が違うのだと、クオンは時折考えてしまう。


「そうそう。あれ、悪くなかったわ。クオンにしては、だけど」


「そりゃ、よかった」


 お詫びの品としてクオンが買った物。それはリーナが好きな紅茶だった。味にうるさい彼女のため、何度も試飲をして選んだのだ。


 当然ながらリーナもわかっている。彼は自分が好きな物にしか興味がないから。


「シリトルのパイは外れがなくていいだろ」


「あれはあなたの好物でしょ」


 ひとつはリーナの好きなレモンパイ。もうひとつは、間違いなく自分用に買っただろうピーチパイがついていた。


 桃は滅多に入らないことから、クオンが自分のために買ったとわかる。


「次はいつ入るかわからねぇしな」


 ぶっきらぼうに言う青年は、あとで文句を言われたら面倒だから分けてやったのだと、視線を逸らす。


(相変わらず、素直じゃないんだから)


 喧嘩をしたあとは、いつもこうやって許しを求めてくる。


 素直にごめんと言えないのが、この幼馴染みだった。わかっているから物に釣られてあげるのだ。


 それに、自分のために悩んで買ってくれたのは、やはり嬉しいと思ってしまう。それがクオンからだとなれば尚更に。


「さぁ、やりましょう」


 上着を脱げば、リーナがレイピアを構える。


「俺に勝とうなんて、百年早いぜ」


 やる気に溢れた姿を見て、クオンはニヤリと笑った。自分が負けるわけないと絶対の自信があるのだ。


「甘く見てると、痛い目見るわよ」


「見せてみろよ!」


 剣を抜いて好戦的に見れば、いつものクオンが戻ってきたとリーナは笑う。






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