最年少団長4

 再び街へと出たクオンは、空を見上げて陽射しを確認する。昼寝も悪くないと思えば甘い匂いに気付く。


 ついさっきデザートまで食べたというのに、ニヤリと笑えば匂いの元へ向かう。


「来たな、甘党団長」


 店の前まで行けば、店主が笑いながら見てくる。


「焼きたてだろ。食うに決まってんじゃん」


 当然と言えば、店主は声を上げて笑った。


 この辺りにいたなら、どこかで食事をしていたはず。それなのにまだ食べると言うクオンが気に入っていた。


「で、この匂いはピーチパイだな」


「正解だ」


「よく手に入ったな」


 北の大陸に入ってくる果物は限られている。桃は珍しいと、クオンは誰よりも知っていた。


 なにせ、桃は南に輸出していることが多いからだ。クオンも数年に一度、食べるか食べないかというレベル。


 この店はクオンが一番気に入っているパイ専門店だった。シリトルという名の店で、パイしか置いていない。


 もちろん、パイ料理であればデザート以外もあり、食べ歩きできることが人気のひとつ。店内で食べるのではなく、基本的には持ち帰る。


 贈り物や差し入れなどにもよく利用されていた。


「ちょっとしたツテがあるんだよ。で、ピーチパイ何個だ?」


 ひとつで満足するわけないだろと問いかけられれば、ニヤリと笑うだけ。


「わかってるくせに」


「甘党団長、ほんと好きだな。ほら、三つで八百四十リンドだ」


 包みながら言えば、懐から五百金貨を二枚取り出して渡す。


「お釣りはいらねぇよ」


「なら、これはおまけだ」


 別のパイを渡され、クオンは苦笑いを浮かべる。それがどう見ても自分に向けてではないからだ。


「甘党団長が休みってことは、代わりに頑張ってくれてるんだろ」


「まぁ、な…」


 とはいえ、渡しに行くのは気まずい。前日に喧嘩をしたばかりなのだ。


「あー…うん…もらっとく」


 どうしたものかと思いつつ、好意を断るのもと受け取る。


 その行動を見ただけでなんとなく察したようだ。店主はまた喧嘩したのかと、呆れたようにぼやく。


「どうして喧嘩ばかりするんだ」


「知らねぇよ」


 したくてしてるんじゃないと小さく呟くから、困った団長だと思う。


 こんなところは年相応だからホッとする。友人が少なく、環境的な問題から冷めた団長だと思っていた。


 彼女は彼を普通にしてくれる存在。本人達に自覚はないのだろうが。


「チッ…冷めちまう。またな」


 せっかくの焼きたてが冷めると、クオンは文句を言いながら歩き出した。


 ひとつを食べながら自宅へ向かう。今からなら昼寝ができると思ったのだが、渡されたおまけが引っ掛かる。


(食っちまうか…)


 おまけでもらっただけで、渡さなきゃいけないわけでもない。自分の好みではないが、シリトルのパイはどれも美味しいと知っていた。


(でもなぁ…)


 好みではないのだ。これは完全に向こうの好みだと知っている。


「クオン様ー!」


 グダグダと悩んでいれば、慌ただしく駆け寄ってくる騎士が一人。


「休みだ…」


 関わりたくないと突き放す。これだから休みは面倒だと。


「美味しそうですね」


「今から行けば焼きたてが食えるぜ。さっさと行けば」


 寄せ付けないように無言の圧力をかけてみたが、効果は薄かった。うっとおしい女だと内心舌打ちする。


「オーヴァチュア家に用がある。引っ付くな」


 最終手段だとクオンが言えば、女騎士は慌てたように離れていく。


 後ろ姿を見て、あれは完全に職務をサボっているなと思った。休みなら慌てることはない。


(行かなきゃいけなくなった…)


 あの女と思いつつも、このパイを渡す口実ができてホッともしている。渡すといっても、家の者へ預けるだけなのだが。


(……しょうもねぇ喧嘩しちまったしな)


 本当は自分がいけないとわかっているだけに、ご機嫌取りをしているようで嫌だった。けれど、明日まで引きずりたくもない。


(あー…これで許してくれっかなぁ)


 街に出て真っ先に買っていた包みを見ながら、クオンは馴染みの家へと向かった。


 できれば誰もいないでくれ、と願いながら。






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