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 言語学の授業を終えた鷺宮さぎのみやは、先ほど貼りそびれたポスターを掲示する際に、例のチラシをスマホのカメラでパシャリと撮影した。彼女自身が面白いなと思ったこともあるのだが、もう一つ、弓道部の先輩たちが好きそうなネタだと考えたからだ。


 大学の隅にある、年季の入った弓道場。鷺宮さぎのみやが「こんにちはー」と挨拶をして部室に入ると、部長の大井が一人で練習を始めていた。

 きれいな黒髪を後ろで一つに結び、黒い袴を着た大井。その姿は、まさに弓道女子といった感じで実に凛々しい。彼女はしっかりと会を取り、そして矢を放った。

 ――中り。真っ直ぐな軌道を描いたその矢は、星的のど真ん中に命中した。


 大井の実力はかなりのもので、鷺宮が入部したときに聞いた話だと、弓道の個人大会で何回も優勝したことがあるらしい。鷺宮は大学から弓道を始めた初心者なので、いまいち実感が湧かないのだが、それでも彼女がすごいということはよく分かっている。

「決まったな…」

 大井はそう言うと、静かに弓倒しをした。その姿も、様になっていて美しい……のだが。

「私のシャイニングアロー!!」

 ……困ったことに、これが彼女の癖なのだ。自分の射にいちいち必殺技をつけ、それを恥じらいもなく口に出す。

これを初めて聞いたとき、鷺宮は本当に驚いた。「行き遅れの厨二病か?」とさえ思ったほどだ。が、練習の際には決まってやるルーティーンなので、流石にもう慣れた。

「うーむ……。アトミックブラストの方が良かったか……?」

「いや、それは物騒すぎませんか?」

 大井のつぶやきに、鷺宮さぎのみやは思わず声に出して突っ込む。とここで、大井はようやく彼女が来たことに気づいたようだ。

「おっ、鷺宮さぎのみや。ちょうど良かった」

「こんにちは、部長。ちょうど良かったって、どういうことですか?」

米倉よねくらと八条が、更衣室に籠りっきりでな。着替えるついでに、連れてきてくれ」

 そう言うと、彼女は後ろのドアを指差した。すりガラスの向こう側で、影が二つ動いている。

「あー……。これは、いつものパターンですか……?」

「おそらくな。すまないが、頼んだぞ」

 大井は鷺宮さぎのみやの肩をポンと叩き、再び的に向かった。あの癖さえなければ、彼女は頼れる部長なのだが。

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