出会いの話

あれはいつ頃だっただろう。

いつものように街を歩いていた。

その日は曇っていてちょっと肌寒かった。

駅から長く伸びている大通り沿いには、

いくつかの狭い路地があり、

その道沿いには、昔からある古い店が並んでいる。

大通りはいつだって車の行き来が激しい。

みんな忙しそうにしている。

きっと時間がなくて急いでいるんだろうな。

そんな雰囲気が街全体を包んでいる。

対して自分はマイペースだったりするから、

そのスピードについていけなくて、

ついつい裏通りへと足を運んでしまう。


さて、その日は生憎の雨模様で、

午後になって曇り、空は街を冷やしていた。

またその雨のおかげもあって、

その日は久しぶりの平日休みだった。

いつもの裏通りの駐車場に車を停め、

ひとまず大通り沿いの知り合いの店に寄り、

夕暮れ時にカフェでコーヒーを飲んだ後、

さてそろそろ帰ろうかと駐車場へと向かう。

駐車場へ向かう道は二つあり、

駅の方から大きく回りこむ道と、

大通り沿いの魚屋の横の狭い路地を行く道だ。

この魚屋も長年続いている店で、

夕暮れ時になると、お客はもちろんのこと、

余った魚の粗などを求めて猫達もやってくる。

その風景を横に見ながら、

駐車場はその道を更に奥へ進む。


はて、何やら道端のゴミ捨て場の陰に、

黒い物が蠢いていた。

その黒いものからかのか、

その一帯からは鉄分を含んだ異臭がした。

気になってしまったので、

その黒いものの方へ近づいてみると、

なんとそれは人の姿をした犬だった。

しかし、弱り切っているのか、

息は弱く、呼吸も小さく、小刻みに震えながら、

口からは少量の血を吐いていた。

きっと心ない人が暴力を振るったのだろう。

確かに、頭は犬、体は人。

普通からしてみれば物珍しいとは思うが、

かと言って一つの命であることは違いない。

そしてその時、

「この子を助けてあげたい」

という気持ちでいっぱいになり、

その弱った体を車に乗せ、

家へと急いだ。

まずはリビングにバスタオルを数枚ひき、

仰向けの状態で寝かせて、

その服もボロボロだったのでハサミで切り、

裸の状態にすると、

その体そのものも傷だらけだった。

手足は痣だらけ、喉と手の指は潰れて変形し、

きっとこの子は虐められていたんだろう

ということを物語っていた。

傷の手当てをするために体に触れる度、

痛かったね…すまなかったね…

という気持ちが溢れて止まらなかった。

そして、どうか憎まないでやってくれ。

俺が面倒見るから安心してくれ。

という気持ちを込めて、

その夜は一晩中介抱をし続けた。

きっと、この子にとっては、

手当てした時の傷薬が染みてしまって、

眠るに眠れない夜だったと思う。


夜が明けると、彼は隣で眠っていた。

その顔はとても優しく、安らかだった。

正直怖がって暴れるんじゃないかと思ってた。

でも、きっと本当は寂しかったんだろうな。

だから、少しは心許してくれたのかなって。

ふと頭を撫でようとすると、

少し離れて小さく体を震わせた。


あ、多分触れてはいけない感じだ。


ならせめてご飯でも作ってあげようと、

キッチンへと向かった。

しばらくして、料理の音で目が覚めたのか、

ゆっくりと起き上がり、背伸びをした後、

じっとこちらを見つめていた。

どうしてあげたらいいかよくわからず、

ニコッと笑って見せた。

すると、彼は下を向いて口の辺りを手で押さえた。


え、これ、照れてるの?え、そうなの?可愛い。


そんなことを思いながら、

着々とごはんは出来上がった。

食卓に、できた料理を並べ、

彼が席につくのを待った。

彼はゆっくりと席につき、

できたばかりのご飯に鼻を傾けて、

こちらをじっと見つめていた。

「いいんだよ。食べていいんだよ。」

そう言うと、

彼は黙々と食べ始めた。

それを見ていて、なんだかお腹いっぱいになってしまって、

自分の分も彼にあげると、

ただ必死に食べ続けた。

そして、全部食べ終わると、

彼は陽の当たる窓辺に横になり、

また眠り始めた。


これが、彼との生活の始まりである。

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