派閥争い

 ベロニカとシックスパックは知り合いだった。

 そして何故かその二人の間に挟まれていた玲子だったが……。


「それ、どういう意味ですか? あっちの人間って! そういうの良くないと思います!」


 流石に人種の違いを悪く言うのは良くない。

 セクハラ発言をしていなかったかもしれないが、——いや、待て。本当に筋肉の透視はセクハラではないのか?

 それも含めて、何となくこっちの方が看過できない。


「うむ。そうだな。熱くなってしまった。確かにどちらも筋肉除霊士には違いない。別にカーディオを悪く言うつもりはなかったんだ。許して欲しい。」


 ……あれ、私って何を責めてたんだっけ。まーた訳分からないこと言い始めたけれど? カーディオ?聞いたことあるような、ないような……。

 ————えっと、それってなんでしたっけ?


「横紋筋に分からんと書いてあるぞ。ふむ。日本人に親しみやすい言い方にすれば有酸素運動だな。だが私の流派とは違う。私の流派は無酸素運動をルーツとしているからな。」


 ——はて、ルーツとは?


 ……っていうか、筋肉除霊士って何よ!


 ——っていうか、「顔にわからない」な?だが、そこは置いておこう。せめて表情筋と言って欲しい。あたしの顔を横紋筋呼ばわりするな!


 さりとて、今何と?

 えっと、つまり有酸素運動をルーツとする除霊士流派がベロニカ先生で、無酸素運動をルーツとする除霊士流派が六先生?

 

 完全に間違えた……。なぜ、もうちょっと待てない、私!!


 これ、絶対にベロニカ先生が良かったヤツじゃん!!



 ——と、言いつつも、結局私は六先生の言われる通りスクワットをしていた。


「あまり背中が曲がらないように気をつけろ。ゆっくりだ。決して勢いで立ち上がるな。かがむときも同じだ。膝を曲げすぎないように……」

「先生! あの、ずーーーっとツッコんで来ませんでしたけど、なんで筋トレと除霊が関係しているんですか?」


 本当にすみませんでした。やっと私は質問できました。

 本当は前回質問したかったのですが、どうしても「白衣着てください」とツッコミを入れたくて。

 間とかを邪推した私が悪いのです。


 だって、あの方がキリが良さそうだったから……。


「そうか、私はまだ説明していなかったか。やはり教育者としてはまだまだだな。——いいか、引寄ひよし君。まず悪霊や魔物がいたとして、君なら何を用意する?何が有効だと考える?」

「えっと……。やっぱり塩でしょうか。あと十字架とかニンニクとか、あと銀の弾丸とか?」


 ホラー映画とかドラマで大抵登場するベタなところを言ってみた。だがしかし。


「うむ。その辺が一般的だろう。いいか、これは諸説ある。それをくれぐれも忘れるなよ。——まず塩、これは筋トレで生まれる熱を発散される汗、その成分が由来とされている。そして次、ニンニク。……これはシャワーを浴びずに筋トレを続けた結果、生み出される臭いと同義だと言われている。」


 ——はて、私は一体何を聞かされているのでしょうか。


「そして十字架か。まぁ、これは流石に言うまでもないことかもしれないが……」


 ——勿体ぶるな、ロク!その理論だと、全然分からないんですけど?


「仕方ない。これこそ諸説ある。だが、一眼見れば分かる。見たまえ、この腹筋を。この直腹筋が描く模様が分かるだろう? そう、十字を切っている。腹筋の強靭さが悪を払うと言われる所以だ。そして銀の弾丸。これもそのままだな。鋼のボディ。これが怨霊を怯えさせるのだ!!」


 はい、全部。この先生の妄想でーす。

 ——真面目な顔でなに言ってんのかしら?これ、全部嘘ですからね!


 ……でも、なんだろう。もしも自分がお化けだとして、こんな奴がいたらどうする?そも、お化けじゃなくても通用するのではないか?


 は!そういうこと?私だったら、逃げたくなる。あぁ、なんともやばいことか!

 つまり、この先生の理論が成立してしまうのだ!


 だがこれで終わるとは思うまい。


「そして一番大事なことがある。生物でも習っただろう。ここで言う筋肉とは横紋筋のことだ。引寄君は生物学が得意だった筈だ。横紋筋というのは顕微鏡で見ると横紋に見えるからこそ名付けられた。それはタンパク質、アクチンとミオシンの宴。——アクチンとミオシンの配列が我々に美しい横紋に見せてくれる。そして、それらが縮んだり伸びたりすることで、筋肉は活動する。」

「は、はい。それは知っていますけれど……」


 そも、この作品のタイトルである。

 究極の除霊術、どうして六が怨霊を祓えるのか、と。


「ここからはあまり大きな声では言えないが、その横紋筋が描く紋様は、呪術的に意味がある。全体を漠然と遠目に見ると、香港映画とかによく出てくる、破邪の護符に書いている文字になっている。大切なことなのでもう一度言う。遠目で見るとだ。横紋筋は呪術的な紋様を持つ。そして、それが霊を祓う。これが我々が霊長類と呼ばれる所以だ。霊を長ずるからな。」


 ——いえ、全部嘘です。


 あ、横紋筋の組織構造については合ってると思います。

 でも、そっから先はこの変人の妄想です!

  まだ、私は高校一年生で、生物を習っていないという設定ですが、それくらいは分かります。


 ……諸説あるとか言っているけれど、その諸説だけは絶対にないです!


 玲子の心の叫びは天元突破しているが、六先生は更にお話されるらしい。


「だが、有酸素運動流派・カーディオの中にはその理論に意を唱える者がいる。酸素のエネルギーは太陽のエネルギー。酸素を筋肉に宿す呼吸法をすることで、肉体には闇を打ち払う太陽由来の呼吸エネルギーが宿る。そして太陽のエネルギーを筋肉に乗せて、悪霊を祓う。それがカーディオの考え方だ。まるで意味が分からん。」


 ——まるで意味が分かるんですけど!


 ……え、何その少年漫画の主人公が師匠から最終的に教えられそうな設定!!六先生、絶対にそっちが正解だよ!!


「そも、君にはもう分かっているだろう。既に君は経験済みなのだ。肩のハリはすでに消えている筈だ。そして次はその足の重みをとる。事実を目にすれば、論理など全て無駄。つまり君は私の理論が正しいと知っている!」


 ……んー。筋トレで肩こりが解消したという事実は確かにー。でも、それと霊の仕組みについては、私は分かりません!論理が難しいとかじゃなくて、単に謎理論すぎるからです!


「ただ、ベロニカも君に興味を持ったようだ。先ほどスマホのSNSにメッセージが届いた。」


 てめぇら、仲良しかよ!


「明日、アーケード街の一画にある喫茶店『筋肉は裏切らない』で、どちらが君に取り憑いた怨霊を祓うのか、勝負することになった。だから、君も明日は喫茶店『筋肉は裏切らない』に来たまえ。『筋肉は裏切らない』は知る人ぞ知る名店だが、おそらく昼過ぎくらいだったら空いてる。だから、君も『筋肉は裏切らない』に二時過ぎに来たまえ。では、今日はここまでとする。クールダウンを忘れるなよ。『筋肉は裏切らない』で待っているぞ!」


 私のために争わないで……、なんて言えるか!

 有酸素運動と無酸素運動の派閥争いに私の霊障を使わないで!

 っていうか、何回『筋肉は裏切らない』って言ってんの?

 まるで昼過ぎ以外は混んでいるって言い方ですけど、喫茶店ってそれくらいの方が普通混んでない?

 ……その喫茶店大丈夫なの? 大丈夫じゃないとしたら、絶対に名前のせいだからね!



 なんて心で叫んでみたところで、結局足が重いのは解消されていないわけで。


 私は午後二時に喫茶店『筋肉は裏切らない』に来てしまった。


 ……っていうか誰もいない。こんな名前のお店の常連の顔が見てみたい。

 それよりも、そこ!マスター!

 あーた、全然筋肉質じゃないじゃん。お水運ぶ時もフラフラじゃん。絶賛筋肉が裏切り中だよ!


 それよりもよ!

 二人とも来てないじゃん。私一人なんですけど!? 確かに昼過ぎって漠然な表現だったけれど!

 私を取り合うんじゃないの? もしかして、私、お店を間違えた?

 嫌だ、私……。あのマスターに「ここは筋肉は裏切らないじゃないですか?」って聞けない!

 その言葉を重いものが絶対に持てそうもないマスターには言えない。

 ただディスってるだけになってしまう。

 それに、口に出すのも恥ずかしい。

 でも、聞いてみる?筋肉は裏切りませんかって。


 玲子がソワソワしている間にも、頼んでいたコーヒーがテーブルに運ばれてくる。  

 ふらふらしていて、今にもお盆のコーヒーが溢れそうだけれども!

 か細いおじいちゃんの腕、そしてどう見てもインスタントなコーヒー。


 ……そして無駄に高い一杯1500円という金額。


 これは悪質なぼったくりなのでは?


 寧ろ、この名前でよくここに入ってきたな、という挑戦か?


 有酸素除霊派閥と無酸素除霊派閥の魔の手に絡め取られ、私の財布のHPはもはや0よ。

 だって奢ってくれると思うじゃん。

 大人二人が私を取り合うという名目だったのよ?



 ————カランカランカラン


 玲子が絶望に暮れようとした時、昔ながらのお店にある入口の鈴の音が鳴った。

 そして、黒髪長髪、白衣の男と金髪に赤いタイトスーツのロシア人の女が一緒に入店してきた。

 二人の頬は紅潮し、じっとりとした大人の雰囲気を漂わせている。


 ……ちょっとどういうこと!?なんで、ちょっと頬を紅潮させてんのよ!え!?そういうこと? それ、もしかして大人と大人の事後ってこと!?


 だが、彼らは颯爽とこう言う。

 

「待たせたな、引寄ひよし君。少しウォームアップにジョギングをしてきた。」

「あなたを賭けた命の削り合いを今からするんですもの。準備は怠らないようにしなきゃね?」


 うーん。どっちの意味にも取れる! 事後なの? 事後じゃないの?


 ……っていうか六、お前は無酸素運動派じゃねぇか!

 ねぇ先生、ジョギングって有酸素運動には入らないんですか? バナナはおやつに入りませんか以上に簡単な問題ですよね!?


「まずは自己紹介させてくださる? ベロニカ・ザンギエフ。カーディオ所属の国家公認除霊士よ。引寄玲子さん。今後ともよろしくね。」


 国!公認すな!……なんて、こんな綺麗な人には言えない。


「は、はい。よろしく……お願いします……。」


 本当に綺麗な人だ。同性なのにドキドキしてしまう。


「勝手によろしくされるな。君は私の弟子なんだぞ。」


 違います。ただの部員生です。

 そして月曜日から、私はパソコン研究部に入部するつもりなのでベロニカ先生を応援します!!


「じゃあ、約束通り、玲子ちゃんを賭けた戦いを始めましょうか。」

「へ?」


 玲子の口から咄嗟に変な声が漏れた。

 声が出るのも仕方ない。どこからどうみてもおかしなものがベロニカのハリの良さそうな腿に刺さっている。

 その黒光りする『てつはう』————それは回転式拳銃リボルバーと呼ばれるものでは?

 そんな……。なんで、こんな昼間から?ううん、なんで『筋肉は裏切らない』で?

 そして、なんで六先生に弾倉を見せているの?

 ジャラジャラジャラって、シリンダーを回して……。


 え?ええええええええええ!?


 これ、もしかしなくてもロシアンルーレット? ロシア人だけに!?


 ——いやいや待って、私のために本当に命を賭けた戦いをするつもりなの?


「そんな……私のために……」


 いつもは心の中でツッコむだけの彼女も今回だけは声に出ていた。


 だが、そんな玲子の声が彼らに届くことはない。

 初めて見た拳銃に恐怖したからかもしれないし、霊障の影響かもしれない。

 六は右手で自身の白衣を掴み、そしてベロニカは赤いスーツに左手の指をかける。


————バン!


 そしてベロニカは右手に持った拳銃をテーブルに置いた。——え、置いた?


 さらには二人とも片手で自分の衣服を剥ぎ取った。

 その剥ぎ取った衣服の下から現れたものは……


 ……ちょちょちょ、ちょっと待って!


 つい、玲子は手で両目を覆ってしまう。ただ指の間からはしっかりと見ていた。

 あれは……まさか……——と。

 

 二人とも深夜番組の外国人のお兄さんとお姉さんが着ている、かなり露出が激しいあのスポーツウェア姿になった。


 ——って、そうはならんでしょ! 何が如くの世界だよ!!


 まだツッコミは早い。

 彼らは丁寧に床にヨガマットを敷き、そこに腰を下ろし、足を上げて何か重りのようなものを掴みながら、上半身を左右に捻っている。


 ————その瞬間、玲子、閃く!!


 ……こ、こ、こ、これは


  『ロシアンツイスト』!!



 腹斜筋を効率よく鍛えられるから、某輪っかを使うゲームでも取り上げられている例のエクササイズだ。


 なるほどー、そっちのロシアかー。私、うっかり……

 ————って思うか! あの拳銃のくだり、絶対に要りませんでしたよね!?


 だがちょっと待って欲しい。

 二人が体を捻るたびに、玲子の中の何かが苦しんでいる。

 それが少女自身にも分かってしまう。

 

 ……何、これ。


 感情が苦しいとか、この場の空気が苦しいとかではない。

 あの真っ黒な悪霊が苦しんでいる?

 何回、往復するつもりだ。何回上半身を左右に振るつもりだ。どれだけ腹斜筋をいじめるつもりだ!?


 それほどの覇気が『筋肉は裏切らない』を支配している。


「そこまでーーーーー!!」


 そして、マスターのおじいちゃんが大きく口を開けて叫んだ。


 ——は?と。


 そしてその瞬間、店内の空気が変わった。

 さらに言えば、何故か玲子の足の悪霊も一瞬で消し飛んでいた。


 すると……

 例の男女が動き出す。どうやらこの喫茶店には男女別のシャワールームがあるらしい。

 そして、玲子がナポリタンを食べ終わって、プリンを食べている頃には二人とも入店した時と同じ服装になっていた。


「引寄君、昨日のスクワットで背中を丸めないと言ったことを覚えているか。インナーマッスル。体幹の筋肉は無酸素、有酸素関係なく必要になってくる。つまりインナーマッスルはラブ&ピースとも呼ばれている。」

「そうよ。玲子ちゃん。玲子ちゃんの悪霊も退散したことだし、私は帰るわ。ん? 勝負? 勝負なんてないの。エクササイズは自分との戦い。それに無理をしちゃダメな時もある。だからノンノンノン! 気にしちゃダメよ。じゃあ、明日も良い筋肉を。それとシックスパック、油断しないで。私たちカーディオはいつでも覇権を狙っていることを!」


 ——何言ってんだ、こいつ?と。


 カランカランと入ってきた時と同じ音をさせて、ベロニカは消えた。

 よく分からない独り言は自分に言われていたのか、玲子には分からなかった。


 ……あの先生も頭がおかしい。——というよりも、マスターが一番すごくね?



 ただ、玲子にはどうしても六先生に聞かなければならないことがあった。


「深西先生はどうして呪いを試したんですか?」


 そして、今回の怪異の全貌が明かされる。


「あぁ、そのことか。実は学校職員を含めて全校生徒に、あのメールを送る数日前に深西先生に言っておいたことがある。午前4時10分にバスケのゴールを決めると次の試合で410シュートが多く決まるおまじないがあると。そして私はその後、あのメールを流して、怪異皆屠みなとの噂をでっちあげた。そして噂は一人歩きしたのだ。それに安心したまえ。昨日、深西先生には『同じ時刻にさよなライ○ンと言いながらシュートを決めると呪いが解ける』と言ってある。だから月曜日には何事もなく、学校生活が送れるだろう。そもそもあの体育館には……」

「せ……ん……せ……い? っていうか、シックスパック!! 全部お前が悪いです!見損ないました。私、帰ります。先生、勘定はよろしくお願いします。相当な額面になっていますが、大人の先生には払えると思います。では、失礼します!」



 ……なんてことが、前回に続いて私の周りで起きた怪異事件の真相だった。



 だが、当然これで終わるはずもなく、玲子の引寄体質に新たに追加された、変な先生たちに巻き込まれ体質のせいで、彼女は今後も受難の日々を送るのだった。



 ————え? 私、まだ巻き込まれるの?

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