同業者
「龍宮院美加子は20年前にこの学校で自殺した実在の人物」
六の言葉に玲子は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
そういえば聞いたことがあるような気がする。
すごく前に誰かが校内で自殺したとか……。
もしかしてそれが、彼女? そしてその設定を六先生が使っている?
「だが、事実は違う。そんな生徒は実在していない。誰かが適当に作った噂話が元ネタだろう。でも、そんなことは問題ではない。それほどに噂というのは一人歩きする。このサイトも同じだ。架空の話なのに、実在するかもしれないと人は思い始めている。そして、その中にたまに本当の話が混じることもある。」
六が話した事実に対して、玲子は呆然としてしまった。
その玲子の視界の端に白衣の袖が映り込む。
そして六がマウスで画面をスクロールさせ始めた。
「ほう。新たに増えているな。これなど面白そうだ。どうだ?」
「えっと、体育館のバスケットボールの呪い? 今月三人の部員がそのせいで怪我? いや、さすがにスポーツしてたら怪我とかするんじゃ……」
「違う。そこではない。さらに下を見てみろ。」
いや、六先生、顔が近い。筋肉臭い!!
「えっと、午前3時70分にバスケットボールをシュートしてはいけない?
「数字を使った呪術や占いは多い。それくらいは分かるな。おそらくはこれもただの作り話だ。皆が
大真面目に話してくれているのに、大変申し訳ないが、全然意味が分からない。
確かに数字や文字は占いにしろウィジャ盤にしろ、よく使われているけれども。
この先生、ついに頭がおかしくなったのだろう。
————あぁ、母よ。どうして私はこんな部にいるのですか……。
「ありえない数字をどうやって試すんですか。しかも偶然って、六先生、自分で言ってるじゃないですか。意味が分かりません!」
その言葉に六の大胸筋が反応した。
きっと彼はその言葉を待っていたのだろう。——いや、大胸筋で応えるなよ。
「いや、実は存在する。と言っても当たり前の話だがな。時刻は基本60進法。つまりその時刻は午前四時十分だ。実はありえない数字ではなかった。そしてその時刻に、誰かが遊び半分でやってみた。そして次の日、たまたま怪我人が出た。そして噂は動き始める。——こんな具合だ。これが真実かは知らないが、この掲示板の中に本当の霊障が混ざっている可能性がある。」
結局は作り話。
そんなふうに終わる予定だった。
でも、次の日にあのホームページを見なければ良かったと痛感させられた。
否が応でも、気になってしまう。
自分が引き寄せ体質なのは理解している。
それでも、どうして右最前列の男子生徒は右足にギプスをつけているのだろう。
「咲、吉田くんの足ってどうしたの?」
「玲子、あのHP読んでないの? あそこに事の真相が書かれてたじゃん! 誰かが皆屠様を怒らせたんだって。彼、バスケ部よ。なんであんなことしたのかしら。」
「あのHPって、えぇ? 咲、あの気持ちの悪いサイト見てんの?」
……っていうよりも、あれは悪質なウイルスだった。
恐らくは家族の誰かのパソコンだとは思うが、あれは学校からのメールなのだ。
それなら誰だって開いてしまう。
そして地味にちゃんと学生服の画像も出るのだから、それが六先生が仕組んだものだとは気付いていない。
しかも昨日、父親のパソコンを確認したら、あのウィルス、デスクトップの他のアイコンを押しのけて、一番目立つところに鎮座していた。
娘が通っている学校の校章のアイコンなのだ。
それが初めからいましたよ? と言っている。
あれ? こんなのあったっけ。ま、学校のホームページだし、見てみようか的な感覚で開いてしまう。
「そうよ。結構見てる人多いんじゃないかな。私たちが体験したあのガラス全部割れ事件も載ってたし、結構読んじゃったかも。あそこは昔から不思議なことが起きてたらしいわね。やっぱり学校ってそういうのあるのかなー。あ、先生来た。あー、今日は深西の授業かぁ。なんか最近暗いって話よね。」
国語教師である深西先生を見た瞬間、玲子は瞬間的に目を逸らしてしまった。彼の腰から? いや彼の後ろから真っ黒い手が伸びて彼の足を執拗に触っている。
「ねぇ、咲。あのさ、バスケ部員の怪我って本当なの?」
小声で先生に聞こえないように咲に問いかけた。それで帰ってきた返事は。
「うん。三人とも足を捻挫したらしいよ。」
玲子は瞬間的に理解した。
その噂を試した人物はバスケ部顧問、深西誠だったのだと。
……そして玲子は再びやってしまった。
その真っ黒い影と目が合った気がしたのだ——これは絶対に目をつけられた。
まずい、見てはいけない。
見てはいけないのだけれど、自分の目の前にこられたら、真っ黒な影のどこが目か?……なんて分からない。
『みんなころしてやろうか?』
声が聞こえる。
——きっと私だけ。
でも誰も気付いてくれない。いつもそうだ。
一人で背負って、ただ追い回される。
まだ春先で良かった。夏服に変わっていたら、きっと冷や汗でびっしょりだと気づかれてしまう。
カーデガンを着ているから、後ろの生徒にも透けたシャツを見られなくて済む。
————どういうこと? あの噂は本当だったってこと?
もう……お母さん。私をなんであんな部に入れたの? あんなHPを見てしまったから、私はきっと呪いに目をつけられた。
なんで私はいつも————
チャイムの音が遠くに聞こえる。
……あぁ、もう授業は終わったのか。
意識が朦朧としていたせいで、全然ノートが取れていない。
帰らなきゃ……。
——とにかくゆっくり休もう。
「玲子、どうしたの? 足でも痺れた?」
全員が席を立って帰ろうとしている中、咲が話しかけてきた。
その言葉で、玲子は自身の体の異変に気がついた。
いつもは肩が重くなるのに、今日は足が重い。
……そうか、私も足を怪我をするのかも知れない。
「しょーがないなーあ。私が引っ張ってあげるね。どうする? 私が職員室に言いに行ってあげようか? 気分が悪いんでしょ? 玲子って体弱そうだし。」
「だだだ、大丈夫! 足が痺れただけで、ゆっくりだったら歩けるから。ありがとね、咲!」
というよりも、あの筋肉バカのところに行きたくないだけだ。
絶対に訳がわからない筋トレをさせるに違いない。
咲もついてきてくれる。
——だったら大丈夫だ。ゆっくりと右足、左足と交互に出して……。
「God Bless You..」
廊下に出た瞬間に耳元でそう囁かれた気がした。
そして普段通り、といかないまでも、足が少しだけ動きやすくなった。
「玲子、あの人って、もしかして次に赴任してくるって噂の英語の先生じゃない?ロシア人の!」
「え? そうなの? え、ど、どの人?」
どの人なんて聞くのも恥ずかしいほど、長身の金髪の女性がいた。
モデルのような歩き方で遠ざかっていく姿が見えた。
後ろ姿だけで分かる。
おそらく自毛だろう金髪を上げているのだが、その美しいうなじが眩しすぎる。
それだけで絶対的な美人だと分かる。
さらにルネッサンスですか?というほどの完璧なプロポーションに見える。
あの赤いタイトなスーツは、男子生徒には刺激が強すぎるのではなかろうか。
「ベロニカ・ザンギエフ先生だ……」
どこかからかそんな声が聞こえる。
女子生徒も男子生徒も彼女を見て立ち止まっている。
そして、注目の麗しの金色の彼女は階段の辺りまで遠ざかった。
だがそこで、なんと振り向いてこちらに向かって歩き始めたのだ。
その仕草はどこかで見覚えがある。
あれはファッションショーのモデル歩きだ。
振り返った彼女の顔は、後ろ姿から想像していた通りであり、日本人には決して出せない禁断の美しさを宿していた。
そして何より、胸元開きすぎだろ! とツッコミを入れたくなるほどに、大きな胸が半分くらい露出している。
「うわ、男子生徒の目、やばいって。あれは思春期の男子には見せちゃダメだよね。ま、玲子は玲子でいつも男子生徒から胸を見られてるから、あの先生の今の気持ちわかるんじゃない?」
確かに、自分が歩いたり、走ったりすると注目されているのは知っている。
でも、あれくらい美人なればこそ、あんなに風格のある歩き方ができるのかも知れない。
それにしても男子は最低だ。「あの胸見ろよ」とか「触りてぇ」とか、平気で言っている。
絶対に日本語が分からないからと、好き勝手言っているのだ。
そんなエロガキ男子を心の中で屠っていると、咲の黄色い声が耳に響いた。
「あ、シックス……じゃなくて、六先生だ。せんせーい。やっぱり先生も気になっちゃいますか?」
どうやら六先生は後ろから歩いて来たらしい。
咲が無邪気に六先生に話しかけているが、この六という男、案外隠れファンが多かったらしい。
悪い噂は男子生徒か他の先生が嫉妬から流しているのだろう。
女子の人気はムカつくほどに高い。
皆、あの男が変態筋肉だと知らないからだ。
だが、その辺りに関しては一定の信頼をしている。
なにより彼は自分の胸を————
「そうだな。素晴らしいとしか言いようがない。私も触ってみたいと思ってしまうな。」
前言撤回。うっわ。気持ち悪い。教育者なのだぞ。それも女子生徒の前で言って良いセリフではない。
……やはり変人だとしても、男には違いない。
「
あ!? やんのか、このセクハラ教師!!もっと大きな胸がお好きですか!? どうでもいいですけどね!!
「あの外腹斜筋と内腹斜筋を見たまえ。なかなか鍛えにくい部位だ。それをあそこまで鍛え抜くとは流石だな。カーディオ・ベロニカ! 」
「あらあら、お久しぶりね。ビルディング・シックスパック。」
なんですと!?
……て、まさか二人が知り合いだとは思わなかった。
だから、ツッコミ損ねたが、ビルディング・シックスパックが見ていたのはカーディオ・ベロニカの筋肉だった。
——なんで服越しに筋肉が見えるんですかね!!
————皮膚や皮下脂肪で反射した光を受け止める網膜をお持ちでないんですかね!?
「フン、貴様の力を借りぬとも我が弟子の異変には気づいておったぞ。」
「あら、その割にこの子、職員室とは反対方向に向かおうとしていたわよ?」
……ぬぬ!?
なぜ、明日から来る教員が、この学校の見取り図をすでに把握している。
それはさておき、二人がちょうど自分を挟んで向かい合っているのだが!?
身長はベロニカの方がやや低いが、ヒールを履いている分、六と同じ目線だ。
……っていうか、なんで睨み合ってるんですか?
「引寄君、パソコン研究部の部室に向かうぞ。そこで対応策を教える。」
「あらあら、でしたら私もご一緒しましょう。私はパソコン研究部の顧問になる予定ですので。」
「貴様はまだ部外者だ。ご遠慮願おう。」
いや、オメーもだよ!何、勝手にパソ研の顧問ヅラしてんだよ。
そもそも私たちは部室持ってねぇんだよ!
「ではそうしましょう。また明日ね、お嬢さん。」
「残念だが、明日は休みだ。貴様が動けるのは来週の月曜からだな。」
ベロニカ先生はやれやれとボディランゲージをして帰っていった。
そして例の犯罪者集団のいるパソコン教室に向かうのだが、その途中でシックスパック先生がふと呟いた。
「同業者だ。まさかあっちの人間を雇うとはな……」
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