筋肉の波紋

ネットの噂

 公立新麗高等学校一年四組、窓際の一番後ろの席。 

 そこが私、引寄玲子ひよしれいこの席だ。

 至って普通の高校生、たまに告白とかされるから、もしかしたらちょっとだけ可愛い方なのかもしれない。

 学校の成績は中の上。それなりの大学に毎年進学できるレベルの高校なので、全国レベルだと平均よりもちょっとだけ上なのかもしれない。

 けれど、中身は普通の女子高生。

 内申書は絶対に悪い普通の女子高生。

 今日も今日とて、眠い授業を頑張って受けている。

 


 ただ、私は友達が少ない——というより友達が出来ない。

 別に、人と話をするのが苦手というわけではないが、他の人と一つだけ大きな違いがあるのです。


『私は幽霊が見える』


 ただ、先日一人の教師と出会った。

 彼の名前は数学担当、六波矩ろくなみのり

 これでもかという肩パットの入った白衣。靴の少し上辺りまである白衣の教師だ。

 

 ——彼のおかげで私は、


 『肩こりがマシになった』


 というのも、幽霊は未だに見えるし、変なものだってまた体に取り憑いている。


 だから変わったことといったら、肩が凝りにくくなったことだけ。

 けれど、あの日以来何故か、筋肉研究部という訳のわからない、しかも一人しか部員のいない部に入部させられている。ちなみにその一人とは私である。


 しかもパソコン教室が活動場所だ。

 そこはパソコン研究部の部室でもあので、パソ研部員は私の隣に座っている。

 他の生徒がパソコンでカチャカチャしている横で、日常的に簡単にできる筋トレをしている六先生。

 その絵柄はあまりにもシュールすぎる。

 だから私はパソコン研究部員のフリをしている。

 パソコンを打ちながら、足を上げてみたりしているので、一応セーフらしい。


「一箇所に集中させすぎると、逆に体を痛めるぞ。」


 たまにこんな言葉が聞こえてくるが、とにかく無視をする。

 私はパソコン研究部員だ。

 話をしたこともない五人の先輩が座っているけれども!

 彼らもこちらをチラチラ見る程度でやり過ごしてくれる。

 時には使い方を教えてくれたりもする。

 けれども私は筋肉研究部だ。

 しかも、これは母からの絶対命令なのだ。

 理由は分からないが、バスケ部からむりやり転部させられた。

 元々、霊障がひどくてバスケ部でも幽霊部員だったので、多分誰も気が付いていない。



 そんな筋肉研究部の私。

 筋研の私が、何故か私専用のパソコンを、パソコン研究部員でもないのに触っている。

 別にパソコンには興味ないので、インターネットを見て、ダンベル片手にネットサーフィンをしている私だ。

 だが、ある時、デスクトップに奇妙なアイコンがつけられているのに気がついた。

 アイコンはブラウザのショートカットで、タイトルは新麗高等学校HPと書かれていた。

 こんなのを登録した記憶はないが、そもそもこの学校のHPなのだ。

 その学校が所有しているパソコンなのだから、全てのパソコンに最初から登録されていてもおかしくはない。

 ただ、気が付かなかっただけなのかもしれない。

 特に興味はないが、自分の高校の公式HPなんて、そういえば見たことがない。


「うーん。うちの高校——なんかアピールポイントなんてあったっけ。普通の公立高校だし。そか、公立高校も少子化対策かー。せちがらいー。でも、もしかしたら新しい制服の情報とかも載ってたりするかも!」


 特に考えもせずにクリックした。

 このパソコンは自分の所有物というわけではないし、個人情報にも気をつけている。

 それにうちの高校のHPなのだから、別に問題はないだろう。


 ——そんな私の好奇心にも劣る、暇つぶしが今回の事件の発端となった。


 『公立新麗高等学校の怖い話』


『私、オカルト話だーいすきな。JKだよぉー! うーん。趣味は家でゴロゴロすること! それといろんな種類のハーブティを飲むことかな? でも、あんまり味の違いが分からないのは内緒だぞ! あとはねー、ちょっと胸が大きいから肩が凝りやすいのだからお家で筋トレも趣味と言えば趣味かなーw。でもでもー。やっぱりそんな私を癒してくれるのが怖い話! みんなの知ってるこの学校の怖い話、聞きたいなー、なーんちゃって!! できればー、この掲示板に書いていってくれると嬉しいかな? なーんちゃってw』


 一瞬、地球の回転が止まったのかと思った。

 時止めの魔法が使えるようになったのかと思った。


「なーんちゃってw……じゃないわよ!! まんま、家での私の行動じゃん!なんで味の違いが分からないことも知ってるのよ!っていうか、私、オカルト話なんて、全然好きじゃないんですけど!?」

「フッ。ついに見つけてしまったか。この欲しがりめ。私が密かにパソコン研究部員に教えてもらいながら作ったサイトだ。」


 玲子の背後には、いつの間にか白衣の長髪数学教師が立っていた。

 彼は顧問である。

 確かにいてもおかしくはない——いや、先ほどまで散々ベンチプレスしていたけれども!!


「先生ですか!こんな小学生でも作れそうなサイトを、しかもなんで私の個人情報知ってるんですか!!っていうか欲しがりってなんですか! 」


「引寄君のお母様から聞いた情報を載せただけだ。でも名前などは伏せている問題あるまい。それに欲しがりの君が突っ込むべきところはそこじゃない。アクセスカウンターを見たまえ。」


六先生に言われるがまま、私はアクセスカウンターを見た。そこにはまるで「HTML構文を使った初めてのHP」とかそんな本に登場しそうなチャチなカウンターがあった。


「い、一万アクセス?? なんでこんなのがアクセスされてるの? ……まさか、六先生が指の筋トレと称して一万回クリックしたとか……。ですよね、これ。」

「バカめ。そんなことをして腱鞘炎になったらどうする。靭帯も筋肉の一つ。関節も筋肉によって支えられている。そして地球さえも……。これは秘密だが、実は地球は筋肉で回っている。」


 ——何言ってんだ、こいつ。


 一遍、脳をCTで取ってもらって来い。

 その頭蓋骨の中は筋肉で埋め尽くされているに違いない。

 病名は『脳筋症候群』だろう。


 でも、筋肉の話は置いておいて、自分の筋肉や靭帯に嘘をつく先生ではない。

 では一体、どういうことなのだろう。


 ……知り合いに連絡して?

 いやいや、この先生に知り合いがこんなにいるわけがない。


「何もやましいことはしていないぞ。学校のメールアドレスで生徒全員に『制服デザイン候補』というJpgファイルを送っただけだ。それをクリックすると自動的にデスクトップにショートカットが追加されるようになっている。」


 『トロイの木馬』ウイルスかよ!!

 めちゃくちゃ疾しいんですけど!——っていうか犯罪なんですけど!

 それに私も実家でそのメールクリックしちゃったわよ!!

 お父さんが職場であのサイト見てなきゃいいけど……。


「えっと、六先生はそんなことも出来たんですね……。」

「当たり前だ。私の優秀なパソコン部員達が完成させたのだ。引寄君も誇りたまえ。」


 お前はパソコン部の顧問じゃねぇよ!!

 っていうか、うちのパソコン部の生徒、ウィルス作れるの?怖っ!!

 そっちの方が怖いわ!!


「感動を覚えているところ申し訳ないが、感動すべき点はそこではない。いいか、我が校の全校生徒数は五百人ほどだ。最初のアクセスは興味本位で行っていたとしても、一万アクセスされることはない。」


 呆れてるだけなんですけども!

 でも、確かにうちの生徒に全員送ったというだけではこの数字にはならない。

 ということは、かなりの数の掲示板の書き込みがあったのかもしれない。


「えっと、どんなことが書き込まれ……て……って!ほとんど荒らしか、エロコメか、特定ニキのコメントじゃないの!——っていうか、このミカコって誰ですか?全てのコメントに丁寧に返してるんですけど。……これってやっぱ。」

「無論、私だ。龍宮院美加子16歳。身長はやや高めで163cm。容姿端麗、スタイルは抜群。そして霊感持ちの少女。性格は内向的、友達作りは苦手。趣味はネットサーフィンで、夜中まで紅茶を飲みながら過ごしている。っと、そういう設定だ。無論、ミカコとしかハンドルネームは付けていない。」


 ずいぶん細かく設定している。

 そして細かく聞けば、私、引寄玲子とは微妙にズレている。

 もちろん、そのせいで「画像はよ」とか「……と妄想している引きこもり子供おじさんでした」とか「すまん、ミカコは実はゴリラなんだ」とか言われている。

 実際にゴリラは正解なのだが……いや、六先生の体のラインだけは確かに美しい。


 ただ、そんな荒らしコメントの返しが、ものすごくリアルで本当に彼女が存在しているようにも思える。

 そして、スクロールしていくとその荒らしはほとんどいなくなり、ついには本当に怖い話が上げられ始めている。

 最近で言うと理科室のガラスが全て割れた事件。

 あれについても生徒の噂話が載せられて。

 怖い話をしていた生徒だろう書き込みもある。


「何……これ。あまりにもリアルすぎて本当に怖い話が書き込まれるようになったんですか?」


 玲子の言葉に、六先生は自身の眼鏡の位置を直しながら、返事をした。




「龍宮院美加子は20年前にこの学校で自殺した実在の人物——」

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