自家発電かもしれない何か

 私は授業中の居眠りが原因で、先生に呼び出しをくらってしまった。


 ほんと最悪だ。

 悪いのは私じゃない! 悪霊のせいだ。

 強いていうなら親睦会のせいだ。

 このシックスパックに私の何が分かるというのか。

 あぁ、せっかくの普通の女子高生デビューが、始まって早々、教師に呼び出された女子高生デビューになってしまった。



 リーンゴーンと授業終了を知らせるチャイムがなった。

 あと五分、シックスパックに気付かれなかったら、呼び出しの刑にならずに済んだだろう。

 そうと思うと、チャイムも憎たらしく思えてくる。

 けれど両肩にのしかかる穢れた何かのせいで、そんな気力も何処かへ行ってしまった。

 それほど肩を落としていたので、周りからは落ち込んでいるように見えたのだろう。

 先程、私を注意してくれた咲が不憫そうに話しかけてくる。


「玲子、ごめんね。私がもっと早く起こしてたら良かったのに! まさかあのシックスパックが怒るなんて思わなくってさぁ。」

「いいよ。実際寝てたのは私だし、咲は起こそうとしてくれたわけだし。しかたないからパソコン教室に行ってくるよ。ぐすっ……。」


 少しでも普通の女子高生らしくしなければならない。そんな時、咲が穏やかではない話をした。


「あとさ。玲子気をつけなさいよ! 先輩から聞いたんだけどさ、シックスパックのやつにはもう一つ呼び名があるらしいの。その名も『自家発電ドクター』。あいつはなぜかパソコン教室にいることが多くて、その中からいつもはぁはぁ、はぁはぁ聞こえてくるらしいのよ。それでついたあだ名が自家発電なんだって。清純な私にはそれがなんなのか、全然見当もつかないけどね!」


咲が見え見えのカマトトぶりを発揮している。パソコン、インターネット、はぁはぁ。自家発電罪というものがあるなら、現行犯逮捕間違い無いだろう。物的証拠は全て出揃っている。


「もう。これから行くっていうのに、余計な知識を私に与えないでよ。」


「違うわよ。玲子ってさ、そのあれじゃん。今日も肩がつらそうだしさ。巨乳で困ってるんでしょ? だから、絶対にパソコン教室のドアは開けっぱなしにしておくこと!! 玲子の乳の貞操の危機だわ。 何かあったら絶対に叫びなさいよ!? その乳は私のためにあるんだからね!!」

「ちょっと、咲さいてー。でも、ありがと。気をつけるね。叫び声には自信あるから!シックスパックの教師人生を破滅に追いやってやる!」


 威勢よく教室を飛び出したものの、正直気が重い。

 胸が大きいのは前からコンプレックスだった。

 ——霊障は基本的に肩が重くなる。

 それを友人に相談しても、「それって嫌味」と言われるのが落ちだ。

 心霊相談に行った時だって問題だらけだ。

 何度もセクハラをされそうになった。

 その手のことを専門にしている人に相談しても、彼らの目を見れば分かる。

 だから、早々に立ち去るようにしている。

 もっとも、そんな連中なのだから詐欺なのは疑いようがない。

 コンプレックスの胸だが、詐欺発見センサーとしては重宝している。

 今回もそのセンサーが炸裂するのだろうが——パソコン教室は校舎二階の一番奥だ。

 その近辺は十数年前に改築されたらしく、他の校舎に比べても少しだが新しい造りになっている。

 パソコンの熱気を考えての空調もしっかりと整っているため、夏場になればパソコン好き嫌い関係なく、生徒や先生が屯することだろう。そんな時。


「ふん、ふん。はぁ……。はぁ……。ぬぅ……もうちょっと……はぁはぁ……」


 玲子がドアに手をかける前に、中から本当に噂の声が聞こえてきた。

 ……咲の言ったことは本当だった。


 あのクソエロ教師、生徒が来るというのにすでに自家発電をしているらしい。

 パソコンの画面にはきっと生徒には見せられない18禁な画像が映し出されているに違いない。

 いや、もしかすると今から来る生徒をおかずにしてたり……。


 ——そこに考えが至り、玲子の手が止まる。

 自家発電をされているかもしれない、いや、自家発電が今まさに行われいる教室になど入っていける訳がない。

 だが、残酷な声が部屋の中から聞こえてきた。


「うむ。今日は良いものを見たからな。いつもよりも出が良かった気がする。……お、引寄ひよしか。立ち止まってないで入ったらどうだ?」


 ドアの向こうから聞こえてきた。

 ——ってか、なんてことを言っているのだ、この変態教師は。

 何が出たのかは可憐な乙女である自分には分からない……ということにしておきたい。

 それにどうやら自分がドアの前で立ち尽くしていることもバレていたらしい。

 咲の言いつけ通り、ドアを開けたままにしてゆっくりとパソコン教室の中に入る。

 するとそこには、半裸の教師が四つん這いになってこちらを見ていた。

 生徒の校則違反を責めることができないほどに長い髪の彼。

 彼の髪の先端が床にべたっとくっついている。


 ——床◯ナ?


 と可憐な少女にあるまじき言葉が口から出そうになった。

 流石に引きこもっていた代償か、すっかり耳年増になってしまっている。

 というより、ネット掲示板のせいで、知らなくても良いネットスラングを知ってしまっている自分が悲しい。

 ……でも、そんな筈はない。

 半裸と言っても彼は上半身のみ裸なのだ。

 下半身は黒のスラックス、普段は白衣で見えないが、下半身は普通の出立ちをしている。

 ズボンを履いたまま、VA○Oのロゴのような自家発電が可能なのかは当然知らない。

 でも、強い女としてはっきりと言うべきだ。


「先生こそ、何をしているんですか……。人を呼びますよ?」

「なんだ、引寄。お前は腕立て伏せも知らないのか。私は日課の腕立て伏せをしていただけだ。なんならもう1セットヤりたいくらいだぞ。」


 ——出た出た。そういうのはお母さんの前で言い訳しなさい。


 そんな誰でも分かる言い訳を……。

 玲子は後少しでその言葉を言いかけた。

 彼女が言い淀んだのには理由がある。


 ————このシックスパック、本当の筋肉が仕上がっている。


 右手、右腕のみとかそう言うわけではない。広背筋から上腕二頭筋、それに大胸筋から直複筋。

 さらには鍛えにくいとされる腹斜筋までもが芸術品の如く出来上がっているのだ。彼は肩パットを入れていたわけではない。

 肩パットにあらず——あれは彼自身の筋肉の象徴だったのだ。

 もちろん、何故白衣なのかは分からないが、今はそのことが頭から吹っ飛んでいた。

 寧ろ、耳年増の自分が恥ずかしい。


「あの……。先生。授業中はすみませんでした……。」


 おそらくは自家発電で鍛えられた体ではないだろう。そう信じたい。

 けれど、心のどこかでまだ恐怖心が燻っている。

 だから玲子はさっさと謝って退室しようとした。

 だが、玲子の言葉に六先生は首を傾げた。


「ん。何を言っているか分からんが、私が君を呼んだのは君の肩が辛そうだったからだ。……なんなら肩揉みでもしてやろうと思ってな。」

「結構です!!間に合ってます!!」


 これではっきりした。

 結局、あの筋肉は自家発電生まれだった。

 というよりもあの筋肉が自家発電機なのだろう。


 ——ゆかおなでもなんでも勝手にしやがれ!! 本当に最低な男だ。PTAに訴えてやろう。絶対にこんな教師は死ぬべきだ。


 踵を返す玲子。だがそこで。


「なんだ。せっかく行きのいい悪霊を捕まえられると思ったのだがな……」


 シックスパックの言葉に玲子の足が止まった。

 でも、それは彼の手口なのかもしれない。

 そうやって今までもたくさんの女子生徒を食い物にしたに違いない。

 ……だいたい年頃の女子生徒はオカルト話が大好きなのだ。


「その手には乗りません。そう言って、私の体のあれやこれやを触るつもりなんでしょう?」

「うーん。確かに先生という立場ではそうなるのか。仕方ない。その悪霊を手に入れるのはやめておこう。だが、このままではまずいのも確かだ。だから……」

「だから?」

「今からトレーニング方法を教える。これを一日十回、それを三セット行うのだ。もちろんその前の準備運動は忘れるな。終わってからのクルーダウンも大切だからな。そして、これから教えるのはシュラッグと呼ばれる僧帽筋を鍛えるトレーニングだ。私が手本を見せるから君もやってみたまえ。」


 その言葉を玲子は半眼になって聞いていた。

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