女子高生と霊媒師先生〜アクチンとミオシンの宴〜

綿木絹

シックスパックとの出会い

女子高生の苦悩

 公立新麗高等学校一年四組、窓際の一番後ろの席。そこが私、引寄玲子ひよしれいこの席だ。

 至って普通の高校生、たまに告白とかされるので、ちょっとだけ可愛い方なのかもしれない。学校の成績は中の上だ。

 一応、毎年それなりの大学に進学できる高校なので、自分の成績は全国レベルで言えば、平均よりもちょっとだけ上だろう。

 けれど、中身は普通の女子高生だ。今日も今日とて眠い授業を頑張って受けている。


 ——ただ、私は友達が少ない。というより友達が出来ない。別に人と話をするのが苦手というわけではない。でも、他の人と一つだけ大きな違いがある。


 『私は幽霊が見える』


 子供の頃からだった。

 いつも何かが見えていた。

 確信に変わったのは祖母の葬式の時。タエおばあちゃんが目の前に立っているのに家族や親戚の皆がお婆ちゃんの死因だとか生前の思い出を赤裸々に語っていたのだ。

 そこでようやく皆にはお婆ちゃんが見えていないのだと分かった。

 言われてみれば、街中で指差して「誰かいるよ」なんて誰かに話しても、いつもみんなから気持ち悪がられていた。


 ……だから友達がいない。


 偶にできる友達といえば、みんなオカルトに興味がある子ばかり——でも私は気づいていた。

 みんなが「見える」と言っているのは、ただ誰かにかまって欲しいだけだ。

 そんなところに幽霊はいない。

 っていうか、適当に指を差せば大抵の場所に得体のしれない何かはいる。

 自信満々に何もいないところを指差して、女の人が立っていると言う子、心霊スポットのトンネルで過去の事故の話題を取り上げて、不遇の死を遂げた男性がそこに立っていると、正反対の方向を指差している子。

 色々いた。

 その度に悲しくなる。

 ずっと自分と同じだと思っていた友達全員が、彼女たちが指差す適当な方向を見て、本当だ!とか、そうかもしれないとか言って頷くのだ。


 ——結局、誰も私の気持ちを分かってくれない。



 最悪なのが、彼女たちがやっている頓珍漢な除霊法だ。

 本屋さんで簡単に買える程度のオカルト本やネットで簡単に知ることができるものをただ真似ているだけ。

 その時が、たまたま彼女たちの自称見える力で、幽霊がいなかったならまだ良い。

 でも偶然にも本当に霊がいた場合はやっぱり間違った方法では彼らを怒らせてしまう。

 そして結局、自分がその被害に遭うことになるのだ。


 そういえば自分の名前も原因なんじゃないかと思って、姓名判断をしてもらったこともある。

 『あなたには輝かしい未来が待っています』だって言われた。

  絶対にその姓名判断士も適当に言っただけだ。

 寧ろ、高級な壺を薦められなかっただけ運が良かったのかもしれない。



 だから私は、今までの友達のいない高校への進学を機に、普通の女の子だと自分に言い聞かせることにした。

 そして今では心の底から普通の女子高生のつもりだ。


 ……見えるものを見えていないフリをする。


 全部目の錯覚っていうことにする。


 ——私は生まれ変わったのだ。


 だから頑張って勉強をして進学校に入学した。

 そういう学校だから色んな学校から生徒が来ている。

 もう、誰から見ても自分は普通の女子高生だ。



 ただ、一つ不運なことがあった。大規模なウィルスの集団感染が起きたのだ。

 そのせいでしばらく学校に行けない日々が続いた。それは仕方がない。学校からすれば踏ん張りどころだったのだろう。


 自粛期間明けにクラスメイトの自己紹介イベントを盛大に開催したのだ。

 ソーシャルディスタンスを意識してか、普段の教室を使わずに広めの教室を使ったらしい。


 因みに、私たちのクラスは理科実験室だった。

 当然、そこに骸骨の模型があったりする。

 この学校での七不思議が起こると言われる曰く付きの部屋だそうだ。

 もちろん私にとってはどの学校も心霊現場の宝庫なのだから、どこでだって同じようなものだったかもしれない。


 ————見えないフリをしていればどうということはない。



 けれどやはり多感な時期の学生はその手の話が大好きなのだ。

 自己紹介イベントの裏で、後ろにいた一部の生徒たちが『先輩から聞いたんだけど』と言った。

 そして、この学校の心霊話や都市伝説を、ひそひそ話ではあるが話し始めてしまった。

 当然、この教室で起きた怪異の話までもが否応でも耳に入ってくる。


 ……あー、まずい。


 こんなところでそんな話をしてしまったら……。

 私がいないところならいい。

 でも今は私がいる。引き寄せ体質の私の前でそんな話をしてしまっては……。


 ガシャーン!!!


 遅かった。

 というより自分は普通の女子高校生のフリをしているのだから、止めることはできない。

 けれど、やっぱりというか当たり前のように、不機嫌な幽霊さんに見つかったのだろう————理科実験室の窓全てが突然割れて、親睦会が騒然となった。


 担任の先生も血相を変えている。

 でも、さすがにベテランの女性教師だけあって、生徒に的確に指示を出していた。

 ……ひとまずは校庭に避難する。

 そして身を屈めて行動をする。地震や災害が起きた時の対応としては文句なしだった。

 ちゃんと『お・は・し』を徹底させての行動は見事なものだった。さすがは進学校だけある。


 ただし、私への対策としては0点だった。

 すでに私の両肩にはどす黒い塊、怨霊なのか何なのかは分からないが、それがべっとりと縋り付いている。

 我ながら、さすがは引き寄せ体質だなぁと思う。

 結局他の生徒には被害がなく、突発的な強風ということで話は終わった。


 ——でも、あれからずっと両肩が重い。


 特に家に帰った後が最悪だ。寝ようにも金縛りにあったり、部屋の中でラップ音が聞こえたりと、とても落ち着いていられない。

 そして、それが今も続いている。


————結局そんな状況。


 結局同じ。


 結局——私は普通の女子高生にはなれなかった。



「玲子……。玲子! まずいって、先生がさっきからガン見だよ!!」


 不意に肩を揺さぶられて目が覚めた。できればもう少し寝させて欲しかった。

 勿論、学生の本分を忘れた発言なのだが、今の私にとっては仕方がないことだ。

 何せ、家に帰っても一睡もできない。

 こういう時は数学の授業がありがたかった。

 難しい数式を眺めていると、自然と心がからっぽになる。

 それとも元々数学が苦手なのか眠くなる。

 数学担当教員、六波矩ろくなみのりはこれでもかという程の肩パットを入れている白衣の教師だ。

 長い白衣で彼の靴しか見えない。

 それに冴えない黒縁メガネのせいで顔はよく分からない。

 そもそも数学の先生なのに白衣姿で現れる。

 ある意味で、話題の先生なのだそうだ。

 それにしても彼の授業は本当に眠くなる。

 彼は人に物を教えるのに向いてないのではないだろうか。

 けれど、そのお陰で重い両肩のことを忘れて熟睡できる。


 ——成績?


 そんなことよりも睡眠の方が大事だ。

 けれど、隣の席の友人である咲は六先生の険しい熱視線に耐えきれなかったらしい。


「んー。おはぉ……。咲、ごめん今日はもうちょっろねかせ——」

「って、馬鹿。何言ってんのよ。シックスパックが鬼の形相なんですけど!! やば、こっち来る!!知らないからね!!」


 シックスパック、六波矩先生のあだ名である。

 無理やり当て字を嵌め込んだにしては、うまくできている。

 長身で体のラインが見えない白衣の下に、そんな肉体が隠されているとは思えない。顔の印象からは痩せぎすな印象しか思い浮かばない。

 スーツが似合わないものだから、白衣を来ているのではないだろうか。


 今、流行りのネタも合わせて付けられたあだ名なのだろう。

 彼は部活の顧問はしていないらしいし、学校ではいつも白衣姿だ。

 謎といえば謎だが、ぼそぼそと、か細い声で話す授業にしても、黒縁メガネの冴えない顔にしても、あの教師には何のミステリアス性も感じない。

 つまりは、ただバカにされているだけなのだろう。

 そんな冴えないシックスパック眼鏡先生だけれども、彼にも一応教師としての矜持はあったらしい。


「玲子くん。僕の授業で居眠りとはいただけないな。後でパソコン教室に来るように。」

「え、最悪。なんでパソコン教室なのよ……」

「何かね?」

「いえ、なんでもありません……」


 これがシックスパックとの出会いである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る