第2話 筋トレ終わりの今この話のタイトルを付けるとしたら「努力」

 家に人が増えた。ペットを買ったり彼女と同棲とかなら家族が増えたと書くかもしれないが生憎どちらでもない。

 尻拭いで捨てきれなかった少女を家に住まわせることにした。


 そんな少女が正式に家に来て約1時間。

 朝食は俺が卵とパンとハムの至って一般的な食材で作った。

 卵はスクランブルエッグにしてパンの上に置きハムを重ねる。その上にパンで挟みタイマーをセットする。

 俺が作ったのはホットサンド。普段は適当に菓子パンを齧ったり食べない日がほとんどだが今日からはそういう訳には行かない。

 少女は成長期だしアレな件で将来的に愚痴を言われるのは嫌なのでキッチン棚の奥に埃をかぶって置いていたホットサンドメーカーを思い出して作った。


 朝食を終え少女は緊張した様子で縮こまっている。

 どうしたものかと考えそうだと思いあれを取り出す。

「タブレット使ったことあるか?」

「無いです」

「そうか。なら今日はこれの基本的な操作方法を覚えるか」

「··········分かりました」

 少女は小さく頷いた。

 今どきの学生って幼稚園からスマホなんて子も多いから使ったことあると思っていたが。

 そういえばこの少女は何歳なんだ?てか名前すら知らない。

「そういえばさ、俺は名前言ったけど君の名前は聞いてなかったよね。教えてくれる?」

「一之瀬 朱莉しゅり。15歳」

「朱莉ちゃんか·····。なんて呼んだらいい?朱莉?それとも朱莉ちゃん?」

「·····朱莉」

「わかった。とりあえずこれあげるから」

 俺はよく絵師さんが使っているiPadPro11インチを渡した。

「これを·····私に?」

「ああ。最近はパソコン買ったし使わなくなってた頃だったしな。使ってくれた方がソイツも嬉しいだろ」

「·····ありがとうございます」

「これはSafariと言って押すとこんな感じでGoogleとかTwitterとか色んなとこに飛べて調べ事とかできるから覚えといてね。こっちは料理アプリ。大抵の料理はこれに乗っててこれの通りに作ると美味くなる。で、これは··········」

 俺はiPadの基本的な操作方法とよく使いそうなアプリを教えた言った。

 最初は何を言ってるのかチンプンカンプンだったようだが、今は何となくわかつてきたようでポチポチとペンを動かしながらやっている。

 おじいちゃんがおじめてスマホに触っているのと同じようななんとも愛らしい。

 微笑ましい光景を眺めていると少女――朱莉は立ち上がった。ひとつ呼吸置いて、そして言った。

「·····今日の夜ご飯は私がつくります」

 今開いている料理アプリに影響されたのかそれとも気まずさ又は焦り。色々考えてしまったが断る理由はない。

「よし。じゃあ買い物にでも行くか」

「はいっ」

 いつもと変わらない、興味を示さない小さい声だったがどこか浮かれている声で朱莉は答えた。

「それで何を作るんだ?」

 朱莉は小さな手でiPadを持つと画面をこちらに向けてきた。

「これを作ってみたいです」

 画面にはスペイン料理の定番メニューのパエリアが映っていた。

「パエリアを作りたいの?」

「だめですか?」

 ダメなんて言うつもりは元々無かったが、作った事はなかったので多少躊躇いを持っていたが、この顔でいわれると何も抵抗は出来ない。

「全然っ!じゃあそれを作ろっか」



 2



 季節は6月の梅雨終わり。夏の陽炎が日に日に存在感を増していく蒸し暑さに焼かれていく。

 近くにあるショッピングモールに来たのだが徒歩7分ほどの為汗がいやでも滲んでしまう。

 スーパーの方が近いのだが、食材の種類的には圧倒的にショッピングモールの方が多いのはわかっていたのでこちらを選んだ。

 俺は賞を朱莉は暖かい家を手に入れたのだから、多少は豪勢に行きたい。

 朱莉はまだ緊張していて距離感は多少空いているが子供のように辺りを見回している。まだ子供か。


「朱莉はなにか嫌いな食べ物はあるか?」

「·····今まであんまりちゃんとしたご飯は食べたことないので分からないのですが、多分無いです」

 なんとも返答に困る言い方。周りの視線が強くなった気がする。

「へ、変な言い方は辞めような?·····それじゃあレシピ通りの食材と各々食べたい食材を適当に買おっか」

 朱莉は特に言うことはなく頷き、カートを押す俺の横を着いて歩く。

 米に人参にニンニクトマト缶。忘れては行けないエビやムール貝その他魚介類にオリーブオイルなど。ある程度必要なものをカートの中に入れた。

「俺はもう全部入れたけど、朱莉は甘いものとか食べるか?」

「たべないです」

 余分に1個プリンをカゴに入れてレジに向かった。


 家に帰ると肌がベタつき最悪感じがする。

 時刻は2時を周り暑さが最高潮に達し通り雨が降ったせいだろう。

「もうすぐ3時か。ご飯にはまだ早すぎるな。仕事でもするか」

 朱莉が頷いたので俺はパソコンを立ち上げラブファン文庫からのメールの確認や小説を書き進めていく。

 朱莉はと言うと背の低いテーブルにiPadを置き色々試行錯誤しているようだ。


 ラブファン文庫編集部の細川さんの話によると、刊行予定日は10月15日。15日は毎月ラブファン文庫の発売日である。そこを目指して削ったり足したりと改稿をしたり会って打ち合わせをするみたいだ。

 新人賞受賞者は10、11月に別れているとも聞かされた。

 そして早くも明日、早速編集部にて打ち合わせがあるらしい。

 怖くもあり楽しみでもある。正直この時が1番楽しいのかもしれない。想像する期待は無限大溢れていてそこに浮かれているからかもしれないが。


「失礼かもしれませんが西原さんはなんの仕事をしているのですか?」

 無限の可能性に浸っていたら、音も立てず近くに来ていた朱莉にそんなことを言われた。

「昨日まではフリーターだった。けど、今フリーター兼作家ったとこだな」

「作家·····カッコイイですね。太宰治って感じがします」

「太宰治··········なんか恐れ多すぎてよくわかんない」

「ずっと作家をめざしていたのですか?」

 朱莉は部屋を見渡し本棚やそこにしまってある本の数や種類を見て聞いたのだろう。

 事実今回の受賞作の異世界ファンタジーではヨーロッパ等の中世の雰囲気を調べるために数多くの参考書や参考文献に目を通した。

 ラノベだって何もせずかける訳では無い。色んなジャンルの色んな方の本を読み吸収しやっとの受賞。

 その努力は今こうして山積みになるほど(実際には本棚に綺麗に入ってる)に積まれていて実感できる。

 途中で投げ出せない自分の性格が功を奏したとでも言うべきか。

「小さい頃からの夢って言う訳では無いよ。高校の時に、ふとこんな本がかけたら楽しいだろうな、そう思って志したと言うかまあそんな感じだ」

「やりたいことを見つけられるのって良いですね。羨ましいです」

「朱莉も何かやってみたいことがあったら言えよ?まあ自分でできる範囲なら別に言わなくてもいいけど。お金は何とかするからさ」

「ほんと優しいですね。お人好しすぎます。ちょっと怖いです」



 時刻は17時を回った。

 そろそろ料理を始めてもいい頃合い。そう思い俺は立ち上がりキッチンに立った。

 冷蔵庫から食材を取りだしまな板やフライパンなどを準備していく。

 そういえば、俺が準備してしまったが朱莉がご飯を作るとか言ってたな·····。

「朱莉。今日ご飯作ってくれるんだろ?今日夜勤だからそろそろ作って貰ってもいいかなー?」

「あ、もうこんな時間ですか。すいません。今すぐ作ります」

 朱莉は部屋にあった本に栞を挟みキッチンにたった。

「多分必要な道具はここにあると思うから何か足りなかったら言ってくれ」

「分かりました。任せてください」


 手を切らないかとか色々と不安な事を想像し近くで立って見ているがその心配は無さそうだ。

 猫の手にして手早い動きで野菜を必要なサイズにカットしていく。

 その速さはたまに料理をする俺よりかは遥かに早かった。

 エビやムール貝など比較的処理の少ない物は冷蔵庫に戻し、イカを輪切りにしていく。

 安心した俺はキッチンから目を離しリビングの床に座りパソコンを開き原稿を書き始めた。

 ここで気づいたのだが、普段料理などは自分でやってて誰かにやってもらうと言うことは無かったがこれはいいことかもしれない。

 なぜなら原稿が進む。

 あっちも頑張ってるんだからこっちもやらなきゃ精神が働きそれが年下の少女となるとより働く。

 まるで詰まっていた排水溝が流れ吸い込まれていく水のような速度で原稿は進んでいく。


「出来ました。どうでしょうか?」

 約1時間半後。テーブルの上には彩り豊かなご飯が並べられていた。

 メインディッシュのパエリアに加えミックスサラダとコーンスープが置かれている。

 とてもいい匂いが部屋を包み込匂いだけで幸せな気持ちになることが出来る。

「凄いな。ここまでのものが出てくるとは思わなかったよ」

 見て思ったことを素直に伝えた。

「この料理アプリって凄いですね。料理なんてほぼ初めてですけど簡単に作ることが出来ました」

「それはもう才能だよ。俺はよく鍋底焦がしちゃうもん」

 朱莉苦笑して、冷めないうちに食べましょと促してきた。

 とりあえずメインディッシュのパエリアをスプーンで救い口に運ぶ。

 するとなんとも刺激的な味わい。魚介の旨味や野菜の旨味にトマトの成分が完璧に合わさって最高の出来と行っていい。

 この脳天に直撃するような旨味は初めて食べたかもしれない。

「うまっ!」

「うふふ。良かったです」

「こんなに美味いならお店出せるよ!」

「またまた。お世辞がすぎます。ありがとうございます」

「お世辞じゃないよほんとほんと」


「ほんと美味しかったよ。ありがとう」

「お粗末さまです」

「それじゃあ仕事行ってくるから適当に過ごして寝ててくれ」

「分かりました」

「それじゃ!鍵は閉めとけよ」

 時刻は21時過ぎ。朱莉に見送られ深夜のバイトに向かった。


「ちょっといいですか?」

 俺は警察に呼び止められた。

「なんでしょうか」

「最近ここらでいじめのようなことが行われていると近隣の方から通報があり何か知っていることはありませんか?」

 多分朱莉の事だろう。俺は悩んだ末に、「知らないです」そう答え断りを入れバイトに向かった。

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石を蹴ったフリーターは少女と暮らす 師走 葉月 @Neru13

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