石を蹴ったフリーターは少女と暮らす

師走 葉月

第1話 それとなくタイトルをつけるなら「出会い」



 チックショウ、またサビ残させられた。

 時刻は深夜2時を周り当たりを照らすのは光は街灯と月明かりのみ。

 薄気味悪い通りを髪の毛がボサボサの20歳行かないくらいの男が石を蹴りながら歩いていた。

 男は世間への文句を全部石にぶつける様に強く蹴り歩いていった。

 ったく最近の店長ってのはどいつもこいつも女ばかり贔屓しやがって·····。

 悪態を付いて居るとブルっと携帯がバイブした。

 ポケットから携帯を取り出すと1件のメールが届いていた。


 こんな時間に誰だよ·····。

 なになに、差出人ラブファン文庫編集部細川·····。

「ええぇぇー!!!」

 深夜2時の薄気味悪い世界を男の驚き声が響き渡った。


 ラブファン文庫とは超王手出版社とまでは行かないが、王手の次かその次くらいには名前が上がる出版社の中にあるライトノベルを専攻とする編集部の中でさらに新しくで誕生した編集部でまだできて2年弱の新しい編集部だ。

 今までは引き抜き等を行い回していたが昨年から公募が始まり賞金は200万と中々高額だった。

 オタクになった高校生の頃、読んでいた作品に感化された俺はそのまま筆をとり、それがいつの間にか夢に変わり高卒後フリーターながらも筆を持ち続けた結果等々引っかかっ訳だ。


「·····いや待て、これは現実なのか?」

 俺は頬を抓った。

 ちゃんと痛かった。


「いっっよっっしゃああ!!」

 現実と確信すると俺は喜びを上げ、さっきまで蹴っていた石をハンカチで磨き、近くの自動販売機で水を買い綺麗に洗い流した。

 浮き足でルンルンとスキップして喜びで顔が崩れながら歩いていく。


「そこの綺麗なたんぽぽさん。あなたも生きていればきっといい事がありますからね」


 橋の近くのT地路に生えている花にさえ挨拶を始めた。

 もし遭遇したら即通報案件だ。

 しかしその喜びも幸せも目の前の光景でフリーズした。


「「「はい!降りろ降りろ降りろ」」」

 コールするのは中学生位の男女合計10数人の人集り。

 その少し上に向けられた視線の先には1人の少女が橋の高覧の上に立っていた。

 足は震え、10数メートル離れたこの位置でも彼女の呼吸は荒く憔悴して怯えて見えた。


 俺の家はこの橋を渡って50メートル位で着くアパートだ。

 少女には悪いがひっそりと渡らせて貰う。

 そーっとゆっくり足を勧め橋の上は若干の駆け足で歩き渡りきった。

 誰にもバレていないと安堵しているとそのグループの1人が抜け出しこちらに走って耳打ちした。

「おじさんもしかしてあの子見捨てるの?共犯者だねw。それとも参加する?」

 俺は罪悪感に押し潰されそうな心をすり潰して、少女を無視して足を進め家に帰った。


 玄関を閉めると途端に足の力が抜けその場に座り込む。


「ひゅうひゅー!」

「ひゃははは」

「マジ最高なんだけど」


 少年少女の声は壁の薄いアパートの中にまで伝わった。

「多分飛び込んだな·····あの少女」

 俺は良かったのかアレで。

 正解なんて無い世の中だがあれには正解があった様な気がしてならない。

 勇気を持ち合わせていれば正解に辿り着けたのかもしれないがその勇気は俺には無かった。


 10分が経った。

 未だに俺は座り込んだままだ。

「声が止んだな」

 見に行ってみるのが正解か警察を呼ぶのが正解かそれとも家でこのまま1人で受賞のお祝いをするか。

 悩んだ末に俺の足は靴を履いていた。

 別に助けに行く訳では無い。

 そんな義理は無い。

 見に行くだけだ。

 そう言い聞かせて、自分の良心が罪悪感に押し殺されながら足を進めた。


 河原に少女は膝を抱え座っていた。

 泣いてはいなかった。

 全身は濡れ髪の毛も濡れている。

 まあ飛び込んだなら普通か。


「大丈夫か·····?」

 少女を見るや気づいたら我を失い偽善の神様になった様に声をかけてしまっていた。

「·····誰。またヤリにきたの」

「·····西原だ。またっておい·····1度も襲ったことなんてねーよね」

「なら、どうせ今から襲うんでしょ·····好きにしたら」

 俺は絶句した。

 中学生位の少女が自分を捨てることになんの躊躇いもなく、しかも『また』と言った。

 多分学校で虐められて声して夜に声をかけてきた悪い大人に襲われ·····。

 俺は思考を中断した。

 何故か少女に悪い気がしてならなかった。


「俺は襲わない。·····その、なんだ。そんな格好でここに居たら風邪ひくし、変な大人も寄ってくるわ、警察からもなんか言われるだろ?親も心配するし早く家に帰りな」

 全身びしょ濡れに加えてブラが若干透けて見えてしまっている。

「親は居ない」

「どうして」

「捕まった」

「警察に?」

「うん」

 どうしてだろうか。少女の声色は極わずかだが嬉しそうになった気がした。

「じゃあ他に頼れるような大人とか友達は」

「居ないかな。でも別に寂しくなんてない。悲しくなんてない」

 少女は自分に言い聞かせるように言った。

「なら、普段どこで暮らしてるんだよ」

「何も無くなった家」

「·····そうか」

 想像するに親が捕まって差し押さえとかでもぬけの殻になったとこに住んでいるのか。

「·····あいつらは友達か?」

 言って直ぐに酷な事を聞いたと自負したが撤回はしない。

「うん、そうだよ。大事な友達」

 少女は万遍の笑みで答えた。

 その笑顔が偽物だとバレないとでも思っているのかと疑問に持つほどにバレバレの嘘。

「明日はどうするんだ?大切な友達に会いに学校か?」

「学校は行きたくない」

「そうか。じゃあまたアイツらと1人水遊びでもするのか?」

「それは·····い·····や」

「じゃあどうするんだ?」

「家に篭もる」

「知らんが、家バレしてるんだろ?周りからの視線が無くなると余計危険だぞ」

「··········」

 俺はひとつため息を付きある提案をしてみる。

「なあ。なら家に来ないか?」

「……結局ヤリもくってやつ?」

「さっきも言った俺は襲わない」

「じゃあなんで」

 劣悪の環境にいた少女からすると当然の疑問なのかもしれない。

 俺は少女の横に人一人分のスペースを開けて座った。

「分かるんだよ。その本当の自分を捨てて自分になる辛さが」

「どうゆうこと?」

「何を言っても否定され、困ったら殴り蹴られそれが笑いとなり、それが自分の運命なんだと自分を殺して生きて。誰かに話したい。誰かに助けを求めたくても求めれない。よく体育館とかでやるいじめ防止公演なんてなんの効果もないよな。あれに電話した事あるか?俺はお前が悪いと3回も言われて切られたよ。常に仮面をつけてなきゃ行けないのは息苦しいよな」

「··········」

 少女は俯き黙った。

「なあお前は·····誰かに声を掛けて欲しくて、気づいて欲しくて、助けて欲しくてここに座っていたんじゃないのか?」

「そ、·····それは」

 少女のツンとした透き通る小さな声は微かに揺れ震えていた。

「辛かったよな。いやなら来なくても良いし、誘拐されそうになったと通報してくれても·····まあ構わない。実際そう捉えられても仕方ないしな」

 俺は立ち上がった。

「·····なんで、そんなリスクを背負ってまで助けようと思うの?もし通報したらあなたは捕まるんだよ?」

「多分捕まるだろうな。けど俺は自分のしりをぬぐいに来ただけだ。それと命の恩人に言われたことを守っただけだ」

「そう」

「·····それじゃあ行くわ。家は近くのアパートの2階で端の部屋だ。西原と表札もあるからすぐ分かると思う。来たかったら来いよ」

 少女から返事はなかった。


 柄にも無いことをやったなあ。

 帰り道考える事は今自分がやった行いだ。

 どうしても自分の過去と似てる部分があって、まるで鏡を見ているかのような不思議な気持ちになってしまった。

 あそこまで虐められた経験はほとんどない。

 せいぜい、靴隠されたり画鋲が椅子にあったりその程度だ。

 とりあえずお風呂でも沸かしとくか。


「嘘じゃなかったんだな」

 部屋着に着替えて、改めてメールを見返す。

 メールに乗ってるってことは公式サイトにも載ってるのか。

 パソコンを起動しラブファン文庫のホームページを開き第2回ラブファン大賞2021受賞作一覧とページが更新されていた。


 最優秀賞、優秀賞、佳作スクロールしていくと審査員特別賞の欄に俺のペンネーム西原 プリンと書いてあった。

 よくチェックしていた何ら変わらない公式サイトがすごく特別なものに感じて言葉に表せない感情に支配されて悶える。

「よし、このまま人気作家になってアニメ化して声優さんと結婚するぞ」

 時刻はもう遅い。パソコンの電源を切り、お風呂に入ろうと立ち上がった。

 その時インターホンがなり、出るとさっきの少女が立っていた。

「来る気になったようで良かったよ。さ、上がりな」

 幸せのお裾分けってやつだ。

「おじゃま……します」

 少女はコクっと頷き小さな声で言った。


 手招きをして俺は背を向けるとゴクリと唾を飲んだ。

 1度深呼吸を挟み気持ちを押さえつけた。

「先お風呂入るか?」

「いた、だきます」

 覇気のない小さな声で言う。

 どうしたもんかね。とワシャっと髪をかきあげた。

 シャワーを浴びる音が聞こえてきたのでタンスから適当にTシャツとスボンを引っ張り出す。


「新しい服ここに置いとくね。濡れてる服は洗濯しとくけど大丈夫?」

「··········」

 返事はなかった。


 少女がシャワーを浴びている今この時間だがどうも落ち着かない。

 ヘッドホンを被り音楽を流すもシャワー音はいやでも聞こえてきてどうも気がそっちに言ってしまう。

 我が家初の女性客人。

 立ったり、歩いたり寝たフリをしてみたり·····。

 色々やるが効果はどれもなかった。


 シャワーの音が止んだ。

「あの、ありがとうございました」

「あ、うん。気にするな·····ストッープ!」

 少女の姿を見て思わず叫んだ。

「え?なんで服着てないの?」

 バスタオルで身体を包んでは居るが置いておいた服はどう見ても来ていない。

「服は濡れちゃった1着しか持ってない物で·····」

「手ぶらだったしそんな気がしたから、寝やすそうなTシャツとズボン置いといたんだけど」

「あれって西原さんが使うためじゃなかったのですか?」

「違う違う。早く来てきてくれ。犯罪者になる」

 さっきは尻拭いとかカッコつけたが俺はまだ捕まりたくない。



「えへへ。結構デカいですね」

 5部丈のTシャツを渡したのだが、小さい少女が着ると7部丈位の大きさになった。

 とても可愛い。彼女が出来たらやりたい自宅コーデTOP10に入りそうだ。

 長袖で萌え袖になったらさらに完璧だったのかも知らない·····!

 緊張している様子だが笑ってくれた。

 その事実に安堵しホッと胸を下ろす。


「ご飯食べたるか?まあ作り置きの味噌汁とチャーハン位しか作れないけど」

「そ、そこまでしていただなくても·····。返しきれなくなります」

 ·····?あ。

 3秒程考えて何を言ってるかわかった。

「恩を売ってるわけじゃないから、お腹空いてるなら作るけどどうする?」

 少女の答えを聞く前にぐぅーっとなった。聞くまでもなかったな。

「いただきます」

 俺は冷蔵庫と炊飯器を開けフライパンを取り出し手際よくチャーハンを完成させる。


「本当に何も返せませんからね?」

「いいからさっさと冷めないうちに食べて感想を言ってくれ」

「··········」

 少女はチャーハンを眺めた。

「食べないのか?――何も入ってないから安心して食え」

 俺の言葉に少女はフーフーとし大きく頬張った。

 改めて見ると顔小さくて整っているな。

 スプーンが大きく見えてしまった。

「暖かい。·····美味しいです!おい·····おい、しいです」

 少女の目の端には涙が浮かんでいた。

「そうか。ちょっと顔洗って来るから、好きに食べててくれ」

 パクパクと食べ進めながら頷く姿もとても愛おしく見え絵にしたい程に可愛かった。


「昔からあーゆうのは弱いんだよなあ」

 冷たい水で顔をバシャバシャと洗い流し顔を整えリビングに戻る。


「食べ終わったかー?」

「はい。ご馳走さまでした」

「美味しかったか?」

「はいとっても」

「なら良かった」

 この可愛さを守るためなら何回でもご飯作れるなぁと、そう思ってしまった。

「で、今日は止まっていくのか?」

「·····ご迷惑じゃないですか?」

「俺から誘ったんだ、迷惑なはずないだろ」

「ではお言葉に甘えて」

 この少女警戒心あるんだろうけどガバガバ過ぎる。心配すぎる。あれ?これって母性?

「そこにあるベット使っていいから」

 俺は立ち上がり洗面所に行く。そこで予備の歯ブラシを取り出した。

「歯ブラシはこれを使ってくれ」

「分かりました」

「それじゃあお風呂入ってくるから先寝てもらって構わないぞー」

 少女からの返事はなかった。あったのかもしれないが俺の耳には届かなかった。


「施設に送るべきか·····養ってもいいのだろうか」

 シャワーを浴びている水の音で俺の小さな声が少女に届くはずがないので安心して疑問を口に出せた。

 小説家の収入がどのくらいあるのかは分からないが、フリーターの現状だと満足に遊ばせてあげる程懐に余裕はない。

 かと言って野放しにもできないし。

 50万。これは審査員特別賞の受賞金だ。

 朝、本人に直接聞くまでだな。


 次の日。

 ガチャと言う扉を開ける音で目が覚めた。

 人は焦ると一瞬で意識が覚醒するもの。遅刻の時とかを思い出して欲しい、

 俺はすぐさま1人用の背もたれが倒れるタイプの椅子から立ち上がり玄関に向かった。

 運がいいのか悪いのか少女が部屋を半分出るとこで何とか呼び止めることができた。

「昨日はありがとうございました。やっぱり返せるものが無いのでこれで失礼します」

「なあ。一緒に暮らしたいとは思わないか?」

「·····そうですね。寒くなくてご飯は暖かくてお湯が出て。いつかこんなに生活がしたいそう思いました。ですが迷惑をかけてしまいます。特に友達――隠す必要はもう無いですね。虐めっ子達がもしかしたらここにだって来るかもしれません」

「かもな。けど俺はここでお前を見捨てて扉を閉めたら一生後悔するそう確信している。どんな理由が有ろうとどんなヤツらが来ようとお前を守りたい。昨日寝る前にそう思ってしまったんだ」

「なんで守りたいなんて」

「俺は自分が寂しいからじゃないかなと思っているよ」

 俺は苦笑して続けた。

「小さい時から親も兄弟も友達も居なくて施設で育って·····。最初はお前も施設に送ったら幸せかなとか考えたけど、あそこはお前みたいな人を想える人は心を小さくしてしまう、そう思った」

 これは事実であり言い訳だ。しかし少女には伝わるのではと思った。

「一人ぼっちどうし仲良く暮らさないか?」

「私と居たら絶対に不幸になっちゃう」

「それはどうかな。俺は今凄く幸運で幸せだよ?」

「··········」

「困ったら幸せを分けてやるよ。そんなに迷惑とか心配なら家事は頼む。そしたら帳消しだろ?」

 俺は少女に近づいた。

「いつまでも下を向いてないでさ。同じ境遇も同士仲良くいこーぜ」

 少女は片足しかなかった玄関に足を入れ扉を閉め言った。

「どんな目にあっても知りませんからね?」

「ああもう人生の不幸はとことん経験してる」

「それから私家事なんて全然出来ないと思いますよ?」

「なら、料理本やタブレットなんかあるしそれみて覚えていこうぜ」

「それからそれから·····」

「そんなに心配するなって。玄関に戻ってきたってことは心は決まってるんだろ?さ、上がって記念すべき一日目の朝ごはん一緒に作ろっか」

 少女は無言だった。

 しかしそれはこちらの事を無視したので無く声が出ていないようなそんな気がした。

 俺は安心してリビングに戻った。


 こうして19歳フリーター兼新人小説家と年齢不詳名前もまだ知らない少女の奇妙だけれども運命的な共同生活が始まった。

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