21 血戦

男に向けて走った。横から飛んでくる蹴りを防ぎ、必死に伸ばした手で服を掴み、力を込めた。

「これが例の.......!」

パントマイムみたいにその場に止まった男の顔面目掛けて拳を振りかざす。

「あ”ッ!.............」

が、拳が届くまでのほんの一瞬早いのは相手だった。鋭い蹴りが腹に突き刺さり意識が遠のく。千鳥足で数歩下がり、前を向くと男は何事も無かったかのように襟を直しながら不服そうな顔でこちらを睨んでいた。

「力の使い方に慣れてねぇのはお互い様か.......にしても陳腐な能力だなぁ?こんなんでよく俺らから逃げきれたもんだぜ!」

「うるせぇ!」

柄にもない大声を出して必死に自分を鼓舞する。

(どうする........正直に殴り合っても確実にこっちが負けんぞ.......)

膝をつき、突破口を模索していると相手はもう一度こちらに手をかざしてきた。

(まずい!)

そう思った瞬間男はさっきと同じように手を握りしめた。

それを見て咄嗟に身構えるが、何も起こらない。もう一度前を向くと、男の腕はこちらより少し上を指していた。

「上......?」

方向は自分の真上、男がこれから何をするのか。考える必要はなかった。ギチギチという鉄の音で瞬時に理解出来たから。

「しまった!」

反射的に頭を防いた時、プツンという音を立て照明が自分目掛けて落ちて来る。

「イっ....!」

物凄い威力で落下した照明は腕に当たるや否や砕け散った。腕に走った鈍い痛みと熱が体の感覚を支配し、ただでさえそれだけで手いっぱいなのに目に映る光景が精神にさらなる追い打ちをかけた。

「ガラスのシャワーだ.......!気分はどうだ?」

両腕と肩に刺さった無数のガラス片。視覚で認知するとさらに痛みが増した気がする。

「うぅ......!」

歯を食いしばり、うねり声を上げる。

「もう諦めろよ............このまま死ぬまで殴られ続けるつもりか?」

同情とは少し違う。どちらかというと軽蔑と言った方が適切な、そんな目をしながら男は話しかけて来た。腕に刺さったガラスを止めゆっくりと腕を下げる。溢れ出る血の量がその被害の大きさを物語っていた。

(クソっ.........考えろ!服を止めてもどうせすぐ解除しちまうし..........)

そんな事を考えるうちにまた男はこちらに手をかざす。

「二回も同じ手を!」

そう吐き捨て、反射的に立ち上がり男の方へ距離を詰める。

腕を払いのけ、無鉄砲に殴り掛かるも攻撃は防がれた。

「またそれかよ..........もっと工夫してみろ!ガキ!」

男の両腕をなんとか防ぐが、徐々に力の差が見え始めて来る。

(工夫って........今俺に何が出来る.........!?)

止める。その場に止まった物は一ミリも動くことはない。人間そのものを止める事は出来ない。今までの数少ない情報を頭の中で整理するも答えは見つかりそうに無い。そんな時、沸騰しそうな頭から血が滴り落ちた。

(液体って.........)

「いい加減に........!」

気づいてみれば今の数秒で男の手はこっちの傷から出た血にまみれていた。

「言われた通り.......工夫してみるよ」

一瞬力を込め、すぐに手を放す。

「なんだこれ......!」

すると男の両腕はその場に固定され、動くことはなかった。

「血の手錠だ!動いてみろ!」

そのまま勢い良くみぞおち目掛けて蹴りを入れる。

「がっ.......!」

男はわかりやすい反応を見せるとそのまま少し俯いていた。

「この..........ガキ...........!」

両腕を止められ動きと能力を奪われた男にもう一撃蹴りを食らわすと、今度こそ顔を上げる事はなかった。

「クソ.......!しくじったか!」

もう片方の男がこちらを向き、近づこうとした素振りを見せる。しかし、自分には余力が残されておらず全身の力が一気に抜けて動こうとする意志と裏腹にその場に座り込んでしまう。

(ヤバい.........!)

男の腕が動き出し、地面に落ちる音がしたその時だった。

「お前の相手はこっちだろ!」

石田さんが男を止め、そのまま男を組み伏せた。

「大丈夫か札森!?」

浅田さんが駆け寄り今度こそ本当の安心感を得た所で体幹が崩れその場に寝そべってしまった。

「遅いっすよ二人とも..........」

肺から抜けていく息に交じって一言、言葉が漏れた。






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