第8話 文章力が重要なんです?

「何度も言いますが、私、小説なんて書いたことないですよ?」

「出張報告書やレポートはうまいじゃないか」

「情報を簡潔に正しく伝えようとしているだけです」

「ふむ。儂も国語の先生ではないからな、やれ文法、やれ用法など細かく言うつもりはないし、読者も求めておらんだろう」

「では、まっとうとは?」

「読める文章であれば良いのではないか?人物名を間違えないとか、描写に矛盾がないとか、説明過多にならずつまずかずに物語に没入させることが重要だ」

「でも表現力は大事でしょう?おお、こんな言い回しがあるのか!とか、こんな漢字があるのか!ってわくわくしますよ」

「その辺りは受け手の好みもあるので一概には言えん。儂のアドバイスの通りに書いたのに読まれません!なんて泣き言を言われても困るしな」

「……結局自分の好みの話ですか」

「正解が無い以上、大衆に迎合するのは大事だぞ?」

「まっとうな文章で面白い作品を書き、とにかく読んでもらう。そして評価をいただき書籍化ですか。……え、これ達成確率が低すぎませんか?」

「世の中には、素晴らしい作品が大量の読者からの指示を受けていても書籍化を果たせないなんてケースは山ほどあるからな。最後は運だな」

「書籍化に至る運の要素って何パーセントくらいなんです?」

「さあ、98パーセントくらいじゃないか?」

「ほぼ運しかないじゃないですか」

「きみ、人生だって大概、運だぞ?」

「そりゃそうですが、ここまで珍しく社長の熱弁に少しだけ感心した私の純真を返してくれませんか?」

「やることは変わらんよ。まっとうな文とは言ったが、きみは売れる物語を書くつもりかね?それとも売りたい物語を書くのかね?」

「……書きたい物語じゃだめなんですか?」

「自分にとって最高の物語は、自分で生み出す物語だそうだ。そりゃあそうだろう、自分の中の好きな物を詰め込んでどんな結末も選べる。フルダイブのVRができて、そのシナリオを自由に書けるとしたら、最初は胸躍る創作の世界を楽しむだろう。だが、いつかは自分が生きてきた現実の人生に対する最高のifを味わうと思わないかね?」

「わからなくもないです。ご都合主義バンザイです」

「でだ、そのきみにとって都合の良い物語は、きみ以外に需要があるのかね?」

「自己満足や自己陶酔は受け入れられない、ですか」

「きみという人物の成果物に価値を見出す相手なら受け入れられるさ。ファンや信者はきみの吐く息にも意味を感じるだろう」

「宗教っぽいですね」

「依存は快楽なのでな。何も考えずに迎合しているだけで安心できる」

「ファンさえ獲得できれば、成果物の価値の是非なんて関係ないって聞こえますが?」

「では聞くが、きみが好きな作家が書き下ろしの新刊を出したらどうするね?」

「……まあ、買いますね」

「立ち読みで全部読んで買う、図書館で借りて良かったから買う、これは一握りだろう。多くのファンは、内容は知らなくても、好きな作家の新しい表現を期待して買うものだ」

「まあ、がっかりすれば次は無いですけどね」

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