第5話 缶詰生活の始まりです

「どうだね新しいオフィスは」

「せめて窓があれば嬉しいのですが」

「缶詰に陽を当ててはいかんだろう?」

「ああやっぱり私を缶詰にしている自覚はあるんですね?」

「外から鍵をかけず、ちゃんとタイムカードだって存在する。これ以上どんな不平を主張するというのだね?」

「トイレもシャワーも簡易キッチンも備わって、鍵はかけられてませんが、鍵穴があって、その鍵を私が持っていないのですが」

「徹夜作業をする社員用に用意していた福利厚生に満ち溢れた部屋だ。快適だろう?」

「最初はそう思いました。でもだんだんと、ああ刑期の定まっていない監獄なんだなぁと実感するようになりました」

「いかんぞ、そんなメンタリティでは自由な創造ができん」

「自宅でやらせてもらえればいいんじゃないですか?」

「他の社員に説明できないではないか。それにきみの成果物は秘匿する必要がある」

「まあ恥ずかしいですからね」

「もしこの試みがリークされたとすれば、必ずしも好意的に受け入れられまいよ」

「いやべつにこっちの業界でも普通に作家活動してる人はたくさんいると思いますよ?」

「気分の問題だ」

「こんな計画、経営計画書に載せられないですもんね。そんなに株主に怒られるのが嫌ですか?」

「きみィ!株主総会という魔窟の恐ろしさはなァ!」

「はいはい、仰せの通りうまく行ったら私の趣味が高じたということで、ダメだった場合、私がこっそり退社すればいいんでしょ?」

「いや、そこは最後までやってもらう。なにせこの事業、人件費以外の元手がかからん。会社が潰れても他の誰が辞めてもきみには残って最後まであがいてもらうぞ」

「……鬼ですかあなたは。それはともかく、何の用ですか?」

「戦場は決めたのかね?」

「戦場って……活動する場所ですよね?」

「そんな温い意識で、生き馬の目を抜く場所で生き残れると思っているのかね」

「意志があれば生き残れるでしょう。そこで日の目を見るかはわかりませんが」

「昔と違い、原稿用紙を出版社に持ち込む必要もないのだ。更に言えば、目の肥えた読み専によって否応なしの評価に晒される。反応が手軽に得られるのは貴重だ」

「読んでもらえるかは別ですがね」

「自分の作品の傾向に合った場所がいいだろう」

「大変申し訳ないのですが、私、小説なんて書いたことありません」

「誰でも最初はそうだ。きみの場合、読むのは好きで、むしろ活字中毒だろう?」

「……私の購入する書物の傾向も掴んでいるということですか」

「性癖は自由だ」

「理解を示しているようで、その実、もうそれだけで脅迫ですよ?」

「18禁で責めるのかね?」

「責めません。むしろ身バレしたことを考えて、恋愛モノか、得意なところでSFですかね」

「か~つまらんな。そいつの人格を全身全霊で疑うようなエログロの世界とか創作の醍醐味だろうに」

「じゃ社長が書いてください」

「それ、逆パワハラ」

「逆じゃないパワハラやモラハラを全力で頂戴しているのですが?」

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