王サマの愛のカタチ

月杜円香

  王サマの愛のカタチ

 その日、サヴァイヤは、とても不機嫌だった。

 両親が、はやり病で相次いで亡くなって3年、サヴァイヤは12歳で王位に就いた。

 しかもここは、ドーリア。大陸の西岸3古王国の1つで歴史が長く、格式も高かった。

 そんな王国を12歳の少年一人に負わせようとした周囲の者にも腹が立ったが、認めぬ者も多くいることも確かだった。

 一体、余に何をせよと言うのだ!!

 サヴァィヤは、王位について以来、いつも自答自問していた。



 今日は先代の王の3回忌にあたる日で神殿で、追悼の祈りをするからと、朝早くから、神殿に呼ばれ、儀式の服に着替えさせれ、髪も整えられて儀式が始まる時間を待っていた。

 その間も落ち着かなかった。

 祈りの後にある予見の儀式・・・

 ドーリアは、ロイルの加護に恵まれた地であった。古王国の中でも一番の領土を持っていたが、その多くは砂漠であった。

 王都のアナスタシヤは、国内有数のオアシスで、他にも幾つかのオアシスが国内にあり、また民の中にもロイルの加護の多き者が多く、能力者も多くいた。


 ドーリアの王家には、先読みの予見者が出ることが多く、そのことがサヴァイヤを憂鬱にさせていたのだ。

 サヴァイヤには、何も能力がなかったからだ。

 王家の長すぎる血のせいだと思うが、5歳離れた姉姫は多少の先読をするし、従姉姫は、かなり力を持っている。


 今日の儀式には、王国の内外から賓客が来ているのだろう。

 皆、儀式の最後にサヴァイヤの言う予見を楽しみにしているのだ。



 と、言うのもたった一度、

「明日は、雨かな……?」

 といった独り言を家臣に聞かれ、その通りに雨が降るとたちまち、サヴァイヤには予知の力ありと認定されてしまったのである。

 いくら、あれは独り言だと言っても取り合ってもらえなかった。


 やがて、神官の祈りは終わり、最後のサヴァイヤの予見の儀になった。

 祭壇の中央に供えられている大きな水晶玉の前で何かを言わねばならない。

 姉のエステラは、適当なことを言えば良いと言っていたが、どこまでもお気楽な姉である。

 水晶を視ても当然何も映らない……当然だ!!

 サヴァイヤは、水晶を持ち上げて見た。下から見ればなんて思いが、あったかどうかなんて、この際忘れた!!緊張していたサヴァイヤは、水晶を落としてしまったのだ。


 水晶は、祭壇から転がり、一人の少女の前で止まった。少女は大切そうに水晶を拾い上げた。サヴァイヤは、呆然としながらその様子を見ていたが、その水晶をひったくって、こちらの方へやって来た男がいた。

 男はサヴァイヤに、水晶を渡しながら言った。


「お助けします。私の名はゲイルニール、私の言うとおりに仰って下さい」


 鼻の下にちょび髭をはやした男は、素早くサヴァイヤに水晶を渡すと如何にも自分がサヴァイヤの下僕であるように彼の後ろに控えた。

 サヴァイヤは、渡りに船とばかりに喜んで、ゲイルニールと名乗った男の言葉を待った。


 ゲイルニールの言った、予言はこの国は、子々孫々繁栄していくといった、都合のいい物であったが、サヴァイヤの堂々とした姿に皆は感動し、称えあったのである。

 賓客からの称賛を祭壇の上から見ていた、サヴァイヤは、久方ぶりの高揚感に浸っていた。

 先程、水晶を拾ってくれた少女も手を叩いてくれていた。

 神官の隣にいる。ここの神官の娘なのだろうか……?






「どうしても、だめなのか?」


「ど・う・し・て・も・よ!!」


 次の日のエステラとサヴァイヤの会話である。

 サヴァイヤは、あの時助けてくれたゲイルニールを城に連れ帰り、自分の侍従にしたいと姉である王女で宰相のエステラに申し出ていた。

 すると、あっさり却下されてしまった。


「あんな得体の知れない人物を王のあなたのそばにおけないません」


 プーっ膨らんだ顔を天井にむけて、なにか、良い手はない物かと考えていると

 サヴァイヤは王の特権を思い出した。

 朝からおかしなことを、言ってくる弟に呆れ、諦めたと見てその場を去ろうとしていたエステラにサヴァイヤは、


「身重の姉上にこれ以上の我儘は言いません。銀の森からいらしたメルクリッド義兄上殿とも仲良くします」


「何が言いたいの?」


「王の命令です。これは宰相の姉上でも拒否できないのでしたね?」


 にっこり笑いながら、サヴァイヤは言った。


「ゲイルニール・ボウを余の侍従とする」


 エステラは、興奮して何も言えなくなり、夫である銀の森から来た、メルクリッドに支えられ王の間を出て行った。

 後に残ったのは、サヴァイヤとゲイルニールだけであった。

 二人は、ニコリと微笑みあった。


 ゲイルニールは、魔法の方は本人が言うほどの力もなかったが、剣術に優れていた。

 サヴァイヤは、又そこが気入った。

 危ないからと、剣術は禁止されていたからである。

 姉姫が結婚して銀の森から義兄となるメルクリッドが来るとわかった時は、諸手を挙げて喜んだ。

 しかし、義兄となった人は姉好みの優男で、顔や姿は美しいものの、宰相としての姉の補佐をするのに忙しく、サヴァイヤの相手までしてくれることは少なかった。


 ゲイルニールが来てサヴァイヤの行動範囲は広がった。

 今までは、危険だから禁止されていた場所にどんどんお忍びで行くようになった。

 ある日、王都で大きな市場が立つというので行ってみたいとゲイルニールに言った。

 馬を市場の端の木につなぎ、ゲイルニールと別れて一人で市場をまわって見ていた。たくさん積んである果物屋さんから、水分の多い柑橘の果物をちょいと拝借すると、悪びれもせずにそれを口に頬張る。そんなこともゲイルニールに教えてもらたのだった。もちろん、姉たちには内緒である。


 その頃、王都にはドーリア滅亡の噂が流れていた。

 噂の出どころは、王城とも町の占い師ともいわれたが、本当の所は分らない。

 人々は、少年王より姉の宰相夫婦を頼りにしていた。

 サヴァイヤにはもう、どうでも良いことであった。


 一通り市場を見て馬の所に戻ると、一人の少女が馬に水と飼葉を与えていた。

 少女は、何やら呪文を唱えて馬の横腹をさすっていた。


「余の馬に何をしておるのだ?」


 サヴァイヤが声をかけると、少女は振り向いた。

(見たことのある顔だった)

 この国には珍しい茶水晶の瞳と薄茶色の髪の色。

 神殿で水晶を拾ってくれた少女であった。


「王様?」


 少女は、一目でサヴァイヤのことが分かったようだ。慌てて、礼をしようとする少女をサヴァイヤは止めた。


「やめろ!忍びで遊びに来ているのだ。それより、何をしておった?」


「王様の馬は、とてもお腹がすいておりました。それに喉も乾いておりました。それで、腹痛をおこしていたのです」


「馬がなんだって?」


「つまり、脱水症状でした。王様は、おいしいものを召し上がったのに、この国は、乾燥地帯ですのに、馬をほおっていかれるなんて……」


 近くで見ると、少女は、もっと不思議な瞳の色をしていた。

 あの時は、茶水晶に見えたが、よく見ると金色のまだらも見える。


「おまえ、変わった目の色だな。アスタナシヤの神官の娘か?」


 目のことを言われて、少女は少し悲しそうな顔をした。


「アルテアの出身です……この変な力のせいで親にドーリアに売られました。ソルティのオアシスへ連れられて行く時に、神官様に声をかけられたのです……巫女にならないかと……」


「名は?」


「サリィヌです。王様……」


 サヴァイヤの質問にサリィヌはおずおずと答えた。


「いくつだ?その年で神に奉仕など、考えられぬ!!」


「王様と同じ15です。私のようなものが、ロイルの神様に仕えることが出来るなんてこれ以上、光栄なことはありません」


 そこへゲイルニールがやってきた。


「王様、今日はごゆっくりの散策でしたね。そのものは誰ですか?」


「サリィヌだ。余の馬を助けてくれた。お前からも礼を言ってくれ」


 サヴァイヤがゲイルニールに言うと、彼は咄嗟にサリィヌの腕を掴み後ろ手にまわすと、


「怪しい奴!!王様に近づくなど無礼な!!」


「おい?ゲイル!サリィヌは恩人だ!」


「いいえ!!王様にむやみに近づくのは王様に対する無礼です。おい!!この者を城まで連れて行け!!」


 後ろから、いつの間に手なずけてしまったのか、王の近衛の騎士が三人来ていた。

 サリィヌはあっという間に縛り上げられ、サヴァイヤの目の前から姿を消した。


「ゲイル!!」


 怒ったサヴァイヤはゲイルニール詰め寄ったがゲイルニールは、何もなかったように。


「さぁ、王様。帰りますよ」


「お前なんか、もう城に帰って来るな!」


 サヴァイヤの叫びにゲイルニールはニタリと笑って言った。


「良いのですか?私は近衛の騎士隊長ですよ。王が近衛の隊長を勝手に処分出来る法はありません」


 確かに、王の警護を主とする近衛には、王の命を守ることが第一のために、かなりの特権が許されている。

 いつの間にか、ゲイルニールはドーリアの国の中枢まで入り込んでいた。

 サヴァイヤは、ゲイルニールを無視して馬を走らせて、城まで帰って行った。

 後ろから、ゲイルニールの高らかな笑いが聞こえたような気がした。


 その日から、サヴァイヤはゲイルニールを遠ざけた。

 出来るだけ、違う従者といることにした。

 サリィヌのことは、サヴァイヤが王という立場上、表立って探すことは出来ず、ラドックと言う従者に頼んで個人的にサリィヌの行方を探させた。


 サリィヌの行方は意外なところから分かった。

 姉姫のエステラが保護していたのである。


「あの娘は神官長の養女でしょう?神官長から、城に連れて行かれて戻ってこないと嘆願書が出ていたわ」


「何処にいるのですか?」


「エライザのもとの部屋よ。城に来て軽い拷問を受けたみたいね。背中に裂傷があったから……エライザに手当させたわ」


 エライザは、サヴァイヤの母方の従姉だ。ロイルの加護深き者で、結婚して今は、城外に住んでいるがたまに、エステラの相手をするために登城することがあった。


「跡が残るくらいですか?」


「薄く残るかもね……でも、顔には大した傷もなかったし……」


 それを聞いて、サヴァイヤは逆上する。


「顔に傷?」


 ますます、ゲイルニールのことが許せなくなった。


 サヴァイヤは、一目散にサリィヌの所へと走った。

 途中で何人かの家臣に礼をされたが、完全無視である。本来なら、姉姫のエステラが咎めるところだが、今日は何も言ってこなかった。

 勢いよくドアを開くと、


「大丈夫か!!サリィヌ!!」


「王様?」


 サリィヌは、ベッドから体を起こしていたが、左の頬に張られた布が痛々しかった。


「すまない!!余と関わったために…こんな傷を……」


「いいえ……王様……私のようなのもが王族の方に癒して頂きました……」


「なんで……?お前なら自分でいくらでも防御出来るのではないか?」


「自分に術はかけられません。それに私の力は、動物相手だけしか効きません」


 サリィヌは、笑って言った。

 サヴァイヤは少し面食らっている。


「動物だけ癒してどうするのだ?」


「だから、アルテアの両親も私のことがいらなかったのでしょう……」


「いや!!余はいるぞ!!お前のことが欲しいと思うぞ!!」


 勢いで告白してしまったサヴァイヤだったが、我に返って真っ赤になる。


「!!……!!」


「王様……」


 いったんはサリィヌから目を離したサヴァイヤだったが、彼女は、王の目をずっと見つめていた。


「うれしいです。王様……」


「サリィヌ……」


 サヴァイヤは、そっとサリィヌの顔を持ち上げそっと唇に触れた。


 15歳の少年王にはそれが精一杯の愛情表現だった。

 すぐに従者のラドックが来て、サヴァイヤは王の間の帰らなければならなかった。



 王の間には宰相夫妻の姉夫婦ははじめ、主だった重臣がいた。

 玉座に座るとサヴァイヤは開口一番面倒くさそうに


「何かあったのか?アルテアのギルドが利率でも上げてきましたか?」


「そんな簡単なことではありません!!王様」


「我が国……アスタナシヤがヴィスティン王国に取り囲まれています!!」


 サヴァイヤは、椅子から転げ落ちそうになる。


「我が国には、海に出られる領土があるわ。それが欲しいのかも……」


 エステラが俯きながら言った。


「こんな砂ばっかの国なんか欲しいのかよ!!」


「確かに国土のほとんどは砂漠です。でも、オアシスは多いし、資源も豊富です。ヴィスティン辺りの大物が狙ってきても、不思議ではないでしょう」


 宰相の片割れのメルクリッドである。

 重臣は、エステラに迫った。


「どうなさいますか?」


 ドーリアには、軍隊はない。長い歴史の中で人々は、次第に平和ボケしていったのだ。

 王を守る近衛だけが騎士といえる人々だった。

 しばらく、考えた後エステラは皆に言った。


「民を王城と神殿に集めて!アスタナシアヤを放棄します。ジェダインでも、ソルティでもどこでも良いわ!!転移の魔法陣のある所へ逃げなさい!!」


「あ……姉上……」


「急いで!!」


 エステラの叫びに近い声で。重臣たちは、散っていった。


 その夜のうちに、人々の移動は開始された。

 ヴィスティンの軍隊がアスタナシヤに進軍してきたのは、その数刻後であったから、まさに間一髪であった。


 サヴァイヤは、最初に遠方のオアシスへの避難を勧められたが、王の務めとして最後の魔法陣に乗ることをエステラと約束して別れた。

 身重だった、彼女は優先的に転移して行き、彼女はこの時の別れを一生後悔することになる。


「サヴァイヤ!!」


 サヴァイヤは王城へ戻って行った。


「さあ!!早くお行きなさい!!」


 メルクリッドが半ば強引にエステラを魔法陣に誘う。


「メル!!あなたも!!」


「嫌な予感がします……もう少し様子を見たら行きます……僕なら大丈夫。こう見えても身を守ることくらいは出来ますから」


 エステラが、わずかな侍女と魔法陣の中央に行くと、移動の魔法陣は鈍く光りその中の人々は消えていった。


 サヴァイヤは、サリィヌの所へ急いでいた。

 一応、客分扱いされていたが、このドサクサである。どうしているのか気になっていた。サヴァイヤが窓から覗くと、敵の兵らしき者が城に入ってきていた。サヴァイヤは、一旦部屋に戻りお飾り程度の剣を持って出た。

 

 エライザの部屋は、王族ということで、王城の離れの塔にあった。

 勢いよく部屋のドアを開けて、サヴァイヤは、驚愕した。


「サリィヌ!!」


 目の前でサリィヌがゲイルニールに切り殺されていた。

 肩から腰までを長剣でバッサリと切られ、サリィヌは、サヴァイヤが来たことが分かったのか、微かに笑ったように見えた。

 が、すぐにその目は閉じられ、二度と開くことはなかった。


「ゲイル!!血迷ったか!?」


 サヴァイヤの叫びにゲイルニールは笑って言った。


「おや、王様。そちらから出向いてくれるとは……この娘をお土産にこちらから行こうと準備していたところです」


「なに?」


「この娘に興味があったのでしょう?初めて会った時から」


 くっくっくっとゲイルニールは、笑いながら、なおも言った。


「簡単でしたね……平和ボケした王室内部に入り込むのは……重臣も保身ばかりで、近衛隊長の座もお金で買えましたよ?

 まあ……腕には、自身がありましたが」


 ゲイルニールは、ちょび髭をに手をやると自慢げに言った。


「お、お前まさか……ヴィスティンの者か?」


「今頃、お気づきでしたか?ドーリアの王様」


「貴様、こんなことをして神が怖くないのか!!」


「こんな私にも、ロイルの加護があるのです。稀にですが、人の心が読めるというね……」


「貴様……」


「私に対する憎しみでいっぱいですね……あまり、私に気を取られていると、知りませんよ?」


 サヴァイヤは後ろから、気配を感じたが同時に冷たいものが、身体を貫く感触があった。後ろを振り向こうとしたが息が詰まって出来ない。


 気が付けば城中敵兵だらけだった。

 メルクリッドは、風の力を使って、身を隠しながらサヴァイヤを探していた。

 そして、とうとう彼を見つけた。

 サヴァイヤは、数人の兵に体を十数か所突かれ、血まみれになって倒れていた。


 メルクリッドは、光の魔法で敵の目を眩ませると、サヴァイヤを連れて、転移した。

 彼は、必死になって魂戻しの術をかけるもサヴァイヤの魂は、完全に身体から離れており、これ以上の力は、使えぬようにと遠方のロイルのおさたる兄が、メルクリッドの力を取り上げてしまったのである。

 力を失ったメルクリッドは、エステラと合流することも出来ず、転移先のアルテアの地を彷徨うことになる。



 サヴァイヤは痛みから解放されると、とても安らいでいた。

 民のほとんどは、姉の英断で助かっただろう……

 ドーリアは失われたが、民は生き残るのだ……

 それで良いじゃないか……?


 サヴァイヤの前にサリィヌが現れた。


(サリィヌ……)


 サリィヌは、黙って微笑んでいた。


(すまない……余の勝手で巻き込んでしまって……)


 サリィヌは俯いたまま首を横に振る


(王様……また、逢えます……)


 そう言うとサリィヌは消えていった。


(サリィヌ!!)


 それが、サヴァイヤの最後の意識だった。




 ♦️





「だからって、そんな昔話をされても困るわ。覚えてる訳が無いわ」


 彼女は随分勝気な娘になっているんだなあ……

 余は、全て覚えてるのに。



 (完)

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