サイジャ君
「失礼しま〜す」
ナタージャさんの家に招待され、俺は一応玄関で一礼して家に入る。入ってすぐに木の良い匂いがして安心するような気分になった。
最近は仕事で全然旅行に行けなかったけど、やっぱり田舎はいいもんだなぁ…。
「おーいアネキ、犬の散歩に何時間かかってんだよ」
家の奥から少年の声がする。
声がした方を見ると、ナタージャさんにそっくりなゴブリンの美少年が立っていた。
「イ…イケメンだ…」
俺はジャニ系の小柄なイケメンを目の前にして必然的に緊張する。イケメンと会話するなんて何年ぶりだろうか。
「あの、初めまして。僕は太」
「うおぉおぉ!」
イケメン少年は俺を見ると突然大声を出し、近寄ってきた。
「そのちょうどよく尖った耳!」
「え?」
「そして醜く出た腹!」
「…」
「更にそのハゲ散らかした頭!」
「う…」
「何より全てに絶望した様なその目!正に理想的なゴブリンだぜっ!」
「うんうん!」
少年はキラキラした瞳で俺を見上げる。しかもその後ろでナタージャさんが力強く頷いてるし…。
しかし何故だろう、その純粋な言葉が破壊光線の様に俺の心を撃ち抜いてると感じるのは…。
「弟子にして下さい!」
「え?で、弟子!?」
少年は再びキラキラした視線を俺に向けた。
だが弟子にしてくれなんて人生で一度も言われた事が無いので思わず固まってしまう。
「こーらサイジャ、調子に乗るな!」
ナタージャさんはサイジャと呼んだ少年を一喝する。
「この人はねぇ、ゴブリンじゃなくて人間なの、ニ·ン·ゲ·ン」
「でぇぇ!!」
サイジャ君はあからさまに驚いた反応をする。なんだか期待させてしまったみたいで申し訳なくなるな…。
「う、嘘だろ!」
「す、すいません、純の人間です」
俺は何とかゴブリンであることを否定する。
だがサイジャ君はそれでも納得しない様子で一人悩み始めてしまった。
「むむむ…こんな立派なゴブリンフェイスが普通の人間なはずない…」
「も〜サイジャってホント、メンド臭いなぁ〜」
ナタージャさんは呆れ顔でサイジャ君を眺める。しかし俺は申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。
「あの、僕はホントにただの人間なんです、すいま」
「そうだっ!」
「え?」
「人間でも何かすごいチート能力を持ってんですよね?そうに違いない!」
「いいっ!?」
サイジャ君はさっきより激しめの勢いで俺に詰め寄る。しかし俺はいたって普通の社畜リーマンで特別な力なんて無いぞっ!強いて言えばサビ残するのが得意くらいだ。
「えっと…」
俺は困って思わずナタージャさんに助けてくれと視線を送る。だがナタージャさんもサイジャ君と同じキラキラした瞳で俺を見つめていた。
「やっぱりそーなんですか!?」
「え?」
「いやー、一目見た時からオオタさんには特別な何かを感じてたんですよ!」
このゴブリン兄弟は何か大変な勘違いをされているようだ。だめだ、完全に窮地に追い込まれた。
「いや、僕は」
「そーいえばさっき異世界から来たって言ってましたよね?」
「なに、ホントかアネキ!」
「うん、ホントホント」
「そいつぁすげぇ!きっとゴブリンを救う勇者に違いない!」
いや確かに異世界から来たのは本当だけど。
つーかゴブリンを救う勇者って何だよ!
「あ、そーいえばステータスってどうなってるんです?」
「え?ステータス?」
「そうそうステータスオープンって叫べばステータス画面が表示されますよ」
「あれ?さっきやってみたんですけど表示されませんでしたよ」
「あぁ、こう右手を上に掲げて、左手で胸の前に拳を作らないと出ないんですよ」
いやそれかなり恥ずかしいんじゃねぇ?何だよそれ。
「やってみて下さいよ!」
ナタージャさんはキラキラした瞳で催促してくる。…しかし俺に特別な力なんてあるのだろうか?
もしかして無能だということがバレて二人に追い出されるかもしれない。
(いや、でも)
せっかく異世界に来たんだ、俺がここにいるのは絶対に意味があるはず!
今度こそ絶対ブラック企業に勤務するだけの人生を返上してやる!
俺は意気込んで、右手を上に上げ、胸の前に左手で拳をつくった。
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