相応しい男

「親心ではないけど数年涅石で共に戦闘訓練や任務をやってきた身としては竜胆君にあんな事をさせてもらえる男はどういう奴だと思って少し試したんだ。

その中で色々と君の事は手に取るような詳細な情報を得られた。」


「う…!

ま、まさかですが、普段ならまずいない、隣にいながらいつも自分の仕事をしていた鶴田さんは…!」


「そう、彼は君の側に『監視役』として暫くの間、一緒にいてもらったが、それは表面上の理由だ。

本当は私の業務を半分手伝いながら普段の仕事もこなす上でどういった行動を見せるのか、逐一情報を鶴田君から提供させてもらっていた。」


「なるほど、色々とお考えになっていたのですね。」


表情を曇らせ不安になっていく昇太郎を見て、それを分かって宥めようとしたのか、尾上は少し柔らかく笑みを浮かべる。


「だが、鶴田君から得られた情報とさっき君に投げた質問の回答とを照らし合わせて、ようやく私の中で結論が出た。」


「…それは何ですか?」


緊張が身体中を駆け巡り、生唾を飲みながら尾上の次なる言葉を待つ昇太郎。


尾上は暫し目を瞑り、その後再び開いて昇太郎を見つめる。


「君なら大丈夫だ。」


「えっ?

それってつまり…!」


「だが、昔の私の処理能力とそのスピードに比べたら君はまだまだだ!

今頼んでいた仕事と自分のノルマを勤務時間内で全てやり切れず家に持って帰るくらい残るなら能力値は全然足りない!

本当であれば、竜胆君と同じように数年くらいかけて今の状態を身体に刷り込ませ竜胆君第2号みたいな状態にしたい!」


「………。」


興奮して期待と歓喜に満ちた声は厳しい叱責と轟くような大声で見事に打ち砕かれた。


「だが、常に孤独である彼女を支えて隣に立つ素質はある。

君の中にある気概に満ちた魂と実直な姿勢が今回の激務を見事にこなしたのだからね。

今のうちにその牙を研いでおけば、いつか必ず相応しい男になるはずだ。

それに、君の彼女である竜胆君も寂しくさせてしまうからね。

実を言うと…」


すると尾上は表情が引きつり目を瞑りながら身体が小刻みに震え出す。


「この6日間、竜胆君にいつ襲われるか内心冷や冷やしながら君に私の仕事を預けていたんだ。

まぁ確かに私の事を実際に襲った事はないが、あの怒りっぽい性格で尚且つ斬り込み隊隊長だからあり得なくもない話だろう?

支部長室にいた時もあのいつも研いでいる鋭利な愛刀が飛んでくるかと思うとゾッとして周りを気にしながら仕事していたよ。」


「そ、そうなんですか。

それは確かに…あり得そうですね。」


(まぁ、確かに余計な事を言ってる隊員には黙らせる意味で平気な顔して刀を飛ばしたりするもんな。

やりそうな予感はする。

時々思い直すよ、刀ってのは本来どう言う使い方だっけって。

投げて使うんだっけ?

それとも振り回して使うんだっけって。

あの人の腕だったらビルを2軒くらい跨いだ先にいる相手にだって投げて当てられるんじゃないかな?

それだと最早スナイプソードだな。)


「家に帰っても落ち着かなくて、いつ寝室の窓から窓パリされて寝込みを襲われるか恐怖で4時間くらいしか寝られなかったんだ!

まぁ、彼女に私の住所を教えた訳ではないが、何となく気付いたらベッドの脇に立っていそうな気がして震えてしまう。

君と同じだよ。」


「流石の先輩でもそこまで執拗に追いかけ回さないんじゃないんですか…?」


(同じじゃねえよ!

こっちは1時間くらいしか睡眠摂れてないんだよ!

4時間も睡眠摂れてればギリギリ大丈夫じゃねえか!)


尾上の睡眠時間と自分の睡眠時間を比較して心の中でプチ切れしてると尾上が真剣な表情をしながら再び話を切り出す。


「まぁ、そんなこんなで色々話したが早く行ってあげた方がいいよ。

もうそろそろ、彼女は定時退社の時刻になるから荷物を纏めて帰ろうとしてるんじゃないかな?」


腕の袖をまくり中から顔を出した腕時計を確認しながら退社の催促をする尾上。


「えっ?

もうそんな時間なんですか?」


「そうだよ。

ここで老けたじじいと不毛な会話を繰り広げるより気が強いけど少し愛おしさもある可憐な女の子と話した方が余程有意義なんじゃない?

彼女、かなり寂しがってると思うよ。」


「…分かりました!

行ってきます!」


そう言いながら身体を翻し、扉の前まで行くと再び尾上の方に向いた。


「支部長、1週間俺を鍛えてくれてありがとうございました!」


「ふふ…そう、1週間、1週間だ!

1週間君と会うのをお預けしていたから1週間分の愛を注いであげないとね。

彼女をよろしく頼むよ。」


「はい、では行ってきます!」


昇太郎は深々と頭を下げて廊下を走っていった。


足音が遠ざかっていくのを確認し、尾上は椅子に凭れかかって身体を伸ばした。


「さて、彼がどんな形に収まって彼女とどう絡んでいくのか…。

そして、その結果、彼女がどんな感じで変わっていくのか、楽しみだねぇ…。」


昇太郎と美月の未来の関係を想像しながら寝不足の脳から発せられる就寝信号に身を預け、そのまま寝に入ってしまった。


そして、警備員に見つかるまでずっと支部長室で寝ていたのはまた別の話です---

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