沙汰
青原支部支部内廊下、激務が一段落した昇太郎はつい気が抜け、尾上のノルマを危うくすっぽかしそうになるのに気付き、現在支部長室へ向けて猛ダッシュしていた。
(ヤバいなぁ…。
あの支部長、普段はほんわかしていて怒るところは厳しくいくから、鶴田先輩より怖いんだよなぁ。
急がないと不味い!
下手したら、美月さんとの関係性もバラされて皆からフルボッコされて交際もし辛くなって破綻して…最終的に支部をクビ…或いは別の支部に左遷…。
嫌だぁ…それだけは嫌だぁ!
クビだったらまだ良いオチだけど、左遷はどこになるか分からないのが怖い!
涅石とか洋前とかのここいらの市町村だったら良いけど、何も勝手が分からない都内とかその周辺は絶対嫌だ!
周りの人達は『良いなぁ』とか『憧れるなぁ』とか羨ましがってるけど、絶対俺はやらかす!
それが俺には分かる!
何から何まで、仕事からプライベートの生活に至るまで全てにおいてやらかす自信がある!
………っというか、そんな下らない事考える暇あるなら、さっさと急げぇえ!)
そんな未来への壮大な不安を思い浮かんでいるうちに支部長室の前まで来た昇太郎は急ぐあまり、ノックもせずに扉を開けた。
「すみません、支部長!
報告が遅れてしまい、申し訳ありませんでした!」
息を切らしながら謝罪する昇太郎に対し、尾上は黒塗りのシックな椅子に座りながら落ち着いた雰囲気で書き物をしていた。
「うむうむ。
そうだねぇ、さっきお願いした仕事だったら今までの君からするともう少し早くに報告に来てたはずだ。」
そこまで言って尾上は椅子からゆっくりと立ち上がる。
立ち上がり、数秒昇太郎の顔を凝視する。
その後、昇太郎に背を向けて椅子の背後にある窓から景色を覗き始めた。
「目の下に少し隈がある。
上瞼が普段よりも開き切ってない。
という事は眠気に勝てずにうっかり寝てしまって、それで報告が遅れたのかな?」
「う…。
はい、仰る通りです。」
(相変わらず、少し顔見ただけですぐに何やってたかバレちまうなぁ…。)
それを聞くと尾上は身体を翻し、昇太郎の方へ歩み寄った。
「そうか…。
聞くところによると家に持ち帰ってまでその日のうちにノルマを達成させようとしてたみたいだね。」
「はい…。
確かに就業規則では勤務時間外での勤務は原則的に駄目だとは教われて分かってはいました。
こんな事、6日も続けてたら普通なら業務指導レベルで減給もあり得ます。
ですが、今の自分にはこれしか解決方法が見つからなくて…。
本当にすみませんでした!」
その姿を見て尾上は顎に手を当てながら暫し黙考する。
「それほどまで頑張るなんてのは私も少し予想外だったよ。
ただ、眠そうな身体を無理矢理叩き起こし就業規則を破るまで頑張るには何か理由があるよね。
それは自分の体裁の為かい?
それとも彼女の為かい?」
最早自分の中で100%完結し分かり切っている事を今更ながらに聞かれた昇太郎は力強い眼力と言葉で尾上に言い放った。
「それは勿論彼女の為です!」
「そうか…。
よし…今日はもう上がっていいよ。」
手を振りながら椅子の方へ戻り腰掛ける尾上。
「えっ…?」
「鶴田君と隊員の皆には僕から事情を話しておくから気にせず帰りな。」
「えっ、な…何で…。」
「ついでに私の業務の手伝いも明日からなしね。
だから明日からは通常業務に戻っていいよ。」
「ちょっと待って下さい!
何で急に…やめさせてくれたんですか?」
突然言い出した尾上の言葉に昇太郎は状況が追いつけずに疑問を投げかける。
「何?
やめさせたら駄目だった?
もっと続けてほしいの?」
「あっいや…そんな事は…。」
「あっ、もしかして残業代狙い?
寝る時間惜しんでるから一杯お金貰えるとか思ってるんでしょ?」
「ちょ、そんな事は別に…!」
「でも、残念。
これは俺が個人的にお願いしてる事だから残業代1円も出ないのよ。
ついでに言えば、今までの6日間も全く出ません。
申し訳ございません。」
「えーーー!!!
それは俺も流石に残念です!
支部長以上に残念ですよ!
って、そうじゃなくて支部長!
真剣に答えて下さい!
何で急にそんな感じになったんですか?」
尾上のおふざけタイムを少し乗っかりながらも遮り、改めて昇太郎は尋ねた。
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