心配

青原支部事務室、昇太郎は自身のデスクの上で1週間にも及ぶ激務から押し寄せる疲れに耐え兼ね泥のように寝ていたが、ふとした瞬間に目が覚めた。


「あれ…いつの間にか眠ってたのか…。

うあ…頭痛ぇ。

と…とにかく、続きを終わらせねえと…。」


そして、起きて間もない寝惚け眼の状態でキーボードに手をかけようとしたところ、隣で監視している鶴田が昇太郎の顔に手を当てて押し出した。


「うっ…ひょ、ひょっほふうはへんふぁい、ふぁいをふふんふぇふふぁ?」


「上司の無茶な命令にも文句一つ入れずに黙々と仕事をする様、素晴らしい姿だな。」


「ふぉうふぉふぉうんふぁら、ふぉのふぇをふぉふぇてふふぁふぁい。」


「まぁ、熱心なのはいい事だが、その前にお前に渡すものがある。」


「ふぉふぇはふぁんふぇふふぁ?」


「これだ。」


押し出していた右手を引っ込めると同時に左手で例のアーモンドチョコを渡す。


それを見るなり、昇太郎はあからさまに疑問符が浮き出すような表情をし出した。


「うん?

これって、ただのアーモンドチョコですよね?

何でですか?」


「双方とも疲労回復に定評がある物だからだ。」


「それは…まぁ、言われてみれば分かりますけど、でも今更ですよ。

確かにさっきはついうっかり寝ちゃいましたけど、ほぼこの激務にも慣れてきちゃいました。

なんて事はないです。」


「その言葉、隊長の前でも同じ事が言えるのか?」


「えっ…!?」


鶴田の最後の一言に昇太郎の身体に電流が走るかのような衝撃を受けた。


手に持っていたアーモンドチョコをジッと見つめる。


「お前は俺だからそんな生意気な態度を取るのかもしれないが、もしこれが隊長の耳に入ったら以前のように必殺のハイキックが炸裂するぞ。

要するに隊長が最近の激務で憔悴しきってるお前を見兼ねてこのアーモンドチョコを渡してくれたんだ。

お前が眠ってる横でその事について話していたが、それはもう沈痛な面持ちでお前を心配してたぞ。

それをお前はそんな軽い言葉で一蹴するなんて隊長の気持ちを全く考えてないのか?

少しは隊長に感謝しろ!

まぁ、俺に対する態度を全く変えなくていいという事ではないが…。」


「………。」


くどくどと説教している間にいつの間にか、鶴田の目の前に爛々と輝かせた瞳の昇太郎が居座っていた。


「うわぁっ!

近い近い、気持ち悪いぞ!

それとそのキラキラした目、女男みたいで更に気持ち悪さに拍車がかかってる!」


「このチョコレート、竜胆隊長が持ってきてくれたんですか!?」


「あぁ…。

っていうか、さっきからそうだと何度も言ってるだろう!

良い加減、離れやがれ!」


そう言いながら鶴田は目の前に居座る昇太郎を無理矢理に後方に押し出す。


「隊長に対して、敬意を表してるのは分かった。

だが、俺に対してのその態度は全く変わってないな。

そこは早く直せ!」


そう言われていた当の昇太郎は既に自身の世界に入っていて、外界の声などなんのそのといった具合だった。


「おい、人の話を聞け!」


(美月、俺の事、こんなに心配してくれていたなんて…有り難いな。

最近、全く話せてないからそれもプラスして余計に心配させてしまってるかもしれない。

それに俺も実際、仕事で一杯一杯で今この時も家に帰った時も全然頭に入ってなかったし…。

そうだ、携帯で電話すればお互いのこの不安も少しは柔らぐ………って、連絡先知らねえ!

こんな肝心な時に電話も出来ないってどういう事だよ!

普通、こういうところで男がリードするものなのにそれを忘れてしまうなんて俺の頭の恋愛計画信号は一体どうなってるんだよ!

はぁ…。)


溜め息を吐きながら椅子の背凭れに凭れかかる。


そして、横で憤慨しながら小言を羅列してくる鶴田は今の昇太郎の行動に身構える。


「う…何だぁ?」


「会いたいなぁ…。」


「誰に?」


(美月に会いたいけど、何か俺、大事な事を忘れてるような…。

何だったっけなぁ…あっ!

今日の支部長からお願いされたノルマ、まだ全部出来てない!

急いで支部長に指示を貰いにいかなくては…!)


思ったら吉日という具合ですぐに椅子を事務室の出入り口方面に翻し、立ちあがろうとしたところ急ぎすぎて昇太郎はその場で転んでしまった。


かなりの大掛かりの転倒に鶴田もその場にいた隊員達も一様に昇太郎に駆け寄る。


「いつっ…!」


「おい、どうした!?

大丈夫か!?」


だが、昇太郎はそんな心配の声にも見向きをする事も応える事もなく、すぐに立ち上がり走り去っていった。


「うわっ!

おい、ちょっと…!」


「どうしちまったんだ、あいつ?」


「とうとう、激務をやりすぎて、身体の回路とかが可笑しくなったのか?」


「くそ!

やっぱりあいつ、俺に対しての敬意が全くないな!

今までずっと仕事教えてきてやったのに!

サボり癖が抜けてきたと思ったら今度は反抗期か?」


最後には鶴田のボヤキが突如として静かになった事務室にこだました---

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