筒抜け

「あっ…あぁ、そうでした。

すみません、忙しさのあまり、すっかり頭から抜け落ちていました。

えと…それで行く日程は決まったんですか?」


「うん、とりあえず今日から3日後に予定組んどいたから、その日に2人で洋前に行ってくれ。」


「洋…前?

という事は…出張のような体で行くんですか?

それに洋前には洋前の支部があるのではないのですか?」


「そうだね、竜胆君の言う事は最もだ。

だが、今の洋前は繁華街の隅に突如として妖魔の大集団が発見され、妖魔殲滅をする為、連日これの対応に追われている。

中には普通の妖魔よりも更に獰猛で攻撃的な突然変異体もいるようだ。

それに追い討ちをかけるように洋前のとある森林地帯に繁華街のものとは別に新たに妖魔の集団が発見された。

森林地帯という人気がないのもあって予想被害はないに等しいとは思うが、いずれ大きくなる前に潰してしまうと決まった。

だが、洋前支部は繁華街の妖魔大集団を殲滅する為、支部内の戦力を総動員している。

森林地帯の方には兵力を割けない為、隣町のこちらに要請が回ってきたという訳だ。

だが、こちらもこちらで青原の市民を守るという義務があるからそこまで兵力は割けない。

そこで斬り込み隊隊長の君を洋前に送る事にしたんだ。」


そこで美月は一旦話を区切り、1つ気になった事を尋ねてみた。


「あの…。」


「うん?

何かな、竜胆君?」


「妖魔の集団はそこまで大きくはないのですか?」


「そうだね、繁華街のものよりは半分くらい数は少ないな。」


「でしたら、私だけでも十分なのでは?」


すると、尾上は電話越しで歯切れの悪いような声で答えた。


「私もそう思ったんだがねぇ…万が一の事を考えてもう1人動員する事にしたんだ。」


「そういう事を考えるのならば、私は経験が浅い獅子谷さんを動員するのは危険だと思うのですが。」


(まぁ、妖魔退治に関しては彼はもう言う事はないわね。

あれだけガミガミ言う鶴田さんも妖魔退治に関してだけは彼を褒めていたし。

でも、こういう事は恐らく支部長は知らないだろうから言わないようにしておこう。)


「そうだね、獅子谷君はまだ支部に入職したばかりの新米だから、この出張に行かせる事は考えてなかった。

だが、だからと言って次に戦力として頼もしい鶴田君を動員させると青原の守りが手薄になるし、彼を筆頭として考えるならば他の隊員達も彼を補佐する為の貴重な戦力だ。」


「それは…そうですけど…でも、獅子谷さんをこの出張に連れて行かせるよりは私1人の方が確実です。

足手纏いになると、こちらが困ります。」


(ごめん、昇太郎。

あなたを悪く言うつもりは微塵もないの。

だけど、今だけは…今だけは言わせて欲しいから我慢してて。)


心中で昇太郎に謝罪しながら口で語気を強めた彼に対する遠回しな非難を言うと、それを諭すような声色で尾上が語りかけた。


「だからこそだよ、竜胆君。

経験の浅い獅子谷君を出張に行かせる事で大幅な経験値アップが期待出来る。

それに彼は妖魔退治に関してあの新人教育に厳しい鶴田君でさえも褒めさせるくらい凄い実績があるんだろう?」


「えっ?

あっ…あぁ、そうですね…。」


(バレてるぅぅぅううう、既に上層部にバレてるぅぅぅううう!!!

私が言わなくても支部長は知ってたんだ。

これは…もう覆らないかな…?)


「うむ、という事で頼んだよ、竜胆君?」


「はい、分かりました。」


全てにおいて尾上に筒抜けな事を知った美月は全て悟ったかのような覇気のない返事で昇太郎と2人きりでの洋前への出張を了承した---


(あぁ………いやいやいやいや、そんな華の70年代を懐かしむ歳取った中年男性みたいな感じはやめやめ!

全てにおいてお見通しだった支部長からのあの言葉を聞いたら、もう諦めはついた。

今は気持ちを切り替えてさっさとこの仕事を終わらせよう!)


3日前の尾上とのやりとりを思い出していると遂に目的の森林地帯に近付いてきた。


「美月さん、ここがその森林地帯ですか?」


「そうね、目的地はここよ。

ここのどこかに妖魔の集団があるはず。」


「どこかって…詳細な場所とかは分からないんですか?

発見したと言っていましたし。」


「発見したのはここ周辺に住む人だそうよ。

洋前支部に一報を入れたそうだけど、その時にその人は詳細な場所とかは言ってなかったみたい。

その人もその人で逃げるのに必死だったそうよ。

洋前支部も今は繁華街の妖魔大集団にかかりっきりだから現地調査は一切やってないの。

要は集団を発見し次第に私達で殲滅してちょうだいって事。」


それを聞いた瞬間、昇太郎は顔を引き攣らせ、森林地帯をぐるりと見回した。


「うへ…。

じゃあ、このめちゃくちゃ広い森林地帯から、そんな『大』でもない集団を何の手がかりもないままに見つけ出せって事ですか?」


「そっ。

気が遠くなるような仕事だけど、上層部から頼まれた以上、やるしかないわ。

本当はこんな少人数ではなくて青原支部総動員で探したい所だけど、そんな事したら青原の守りが手薄になるから致し方なく、私達でやるの。」


「…マジですか…。」


「マジのマジ、大マジよ。

文句ならやり終わった後にたっぷり聞いてあげるからさっさと探すわよ。」


(探すのは苦ではないけど、あなたと知らない土地で2人きりになるのが一番キツいわ。

さっさと探して退治して、このドキドキ地獄から解放されたい。)


昇太郎は渋々といった感じで、美月は内から鳴り出す動悸を鎮めながら、それぞれ単独行動で森林地帯を探索し始めた---

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