躊躇する電話

青原の隣町である洋前ようぜん、昇太郎と美月はこの町に出張名義でちょっとしたコミュニティを形成している妖魔集団を倒す為にやってきた。


知能が低い妖魔の集まりは取るに足らない烏合の衆だが、いずれ大きくなって、洋前の人々に危害を加える前に倒すとの青原支部支部長の尾上からの指示だった。


昇太郎と美月がこの出張に赴いたのは尾上からの直々の指名である。


美月は尾上から渡された地図を見ながら、昇太郎は美月の後を付いていく形で街中の歩道を歩いていた。


周りの町よりも少々田舎臭い青原以外を歩いた事がない昇太郎にとって、それよりも発展した洋前の街中を歩く事は何よりも新鮮な体験であった。


「凄い…これが噂に聞いた隣町の洋前…。

こんなに賑やかで活気がある町は今まで見た事ないな…。」


「ちょっと、観光に来た訳じゃないのよ。

そこの所、履き違えないでくれるかしら?」


「分かってますよ、美月さん。

そんなに険しい顔しないで下さい。」


昇太郎のおちゃらけた気分に注意喚起する美月は注意するなり、昇太郎にはもう目をくれず、地図の方に目を落とした。


(もう、何やってんのよ、石金の美月!

これは仕事であってプライベートじゃないからドキドキしたら仕事どころじゃなくなる!

いや、そうなるとプライベートだったらドキドキしてもいいという理屈になる…。

プライベートだったらいいとかの話じゃなくて…あぁ…もう、どうしたらいいのぉぉぉおおお!?

はぁ…結局、他の人に変わると思いきや支部長、ずっと私達2人のままで変わらなかったなぁ…---)


3日前の青原支部内事務室、美月は自分のデスクで仕事中、ポケットにしまっていた携帯電話が鳴った。


いつもなら何の躊躇もなく携帯電話を取って耳に当てる美月。


それは大抵の内容が仕事だからだ。


仕事に関してはいつも全力で真摯に向き合う美月にとって携帯電話が鳴るという事は自身が頼られている証だと思っていた。


その実、支部内の人間は全員、美月を頼もしい上司だと思っていた。


危険に自ら飛び込んで、その危険を消し去り、全て解決する様は支部内の人間全員を憧れの的にさせるには十分すぎる姿だった。


美月もそんな頼られている事実が大変嬉しく、そして誇りに思っていた。


だから、仕事に向き合う。


携帯電話が鳴る度にキビキビとした動作で手に取るのはそんな思いを胸の内に秘めていたからだった。


そんな美月でも今なお所有者に手に取らせるべく鳴り続ける、この携帯電話は取りたくはなかった。


(来た…携帯電話が鳴った…。

恐らくこれは支部長からの電話…。

いつも携帯電話が鳴れば、何よりもすぐに反応して手に取るのに手が自然と引っ込めるような動きをする。

嫌だな、出たくないな…。

テレビでたまに見るけど、パワハラの上司にいつも怒鳴りつけられる部下の気分ってこんな心境なのかしら?

パワハラされた事ないけど。

でも、そろそろ出ないと周りの同僚達に怪しまれる…。

腹を決めて潔く出よう。)


美月は音を出しながら震えて鳴るポケットに恐る恐る手を入れ、その携帯電話を耳に当てる。


「はい…もしもし、竜胆美月です…。」


「おぉ、遅かったじゃないか、出るのが。

いつもだったら、1秒も待たずに出るのに。

今日はそんなに忙しい日だったのかな、竜胆君。」


なぜそこまでにして携帯電話を手に取りたくなかったか。


それは美月にとって地雷となるものだからだ。


「あはは…そうですね。

今日はミスをしまして、予定時間より大幅に仕事が遅れてしまい、今現在少々忙しい状態です…。

大変…申し訳ございません。」


「そうか、まぁそうだよね。

斬り込み隊隊長で石金と呼ばれても竜胆君は1人の人間。

完璧にはなれないのが事実だね。

はっはっはっはっは!

まぁ、そんな事は置いといて、今日君に電話をした本題に入ろうか。

まぁ、薄々気付いていると思うけど、この間電話で概要だけ話した獅子谷君と2人で妖魔退治をして欲しいという仕事についての詳細な内容だ。」


昇太郎と2人きりで妖魔退治に出かけるという被害甚大の地雷が。

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