不審な女性
青原支部内事務室、美月は自分のデスクに肘をかけながら頭を抱えていた。
先程の明らかに不可抗力と分かりながらも理性を保てずに思い切り蹴りを入れた事に対して後悔の念を抱いていた。
(もう何やっているのよ私!
彼はただ偶然手が触れただけ!
それにただ私は理由もなく驚いて理由もなく蹴りを入れた!
もう最低…。
今までの冷静沈着な私がまるで遠くに行ってしまったようだわ…。
冷静…?
そうよ、冷静よ!
冷静に考えれば、私は石金になりたかったんじゃない!
という事は軟派な行為に対して暴力で対処するのは理に適ってるわ!
いや…でもそれだと昇太郎との交際関係が台無しに…。
もう、ほんっと、どうしたらいいのよ!?
どういう風な道筋が正解なの!?)
暫く目を瞑りデスクを人差し指で一定のリズムで叩きながら円滑な交際方法を頭の中で巡らせてみたが、やがて溜め息を吐いて椅子の背凭れに凭れかかった。
(私1人じゃ、何も考えが思い浮かばない。
そもそも、交際の「こ」の字も知らない私が円滑な交際方法を考えるなんて土台無理な話じゃない。
ん、待って?
1人じゃ無理って事は…!)
何か妙案が閃いた美月はすぐさま椅子から立ち上がり、早歩きで支部の出口に向かった---
青原新家通り《しんやどおり》、昇太郎は仕事の帰路の途中、非常に沈んだ顔で歩いていた。
先程の美月に対しての執拗な迫り具合に加え、周りに気を配らない事によるハンドタッチが美月の怒りを買い、要らぬいざこざを生んでしまった事を悔いていた。
「はぁ…俺から交際を提案したのに後になってこの様か。
リードするつもりが数々の不注意で逆に先輩を怒らせちまうなんて情けない。」
これまでの美月に対しての自分の行いに自分自身で呆れ返っていると不意に後ろから人の気配が近付いている事に気付いた。
(誰だ?
何故、俺を付け狙っている?
こんな夜中に人を付け狙う奴なんてのは…まさか、不審者か?)
後ろの人間に対して誰なのかを考えているとその人間が不意に昇太郎の腕を掴んできた。
「なっ、お前何して…!」
そう怒声を放ちながら横を通り過ぎようとする人間を見ると長髪を風に靡かせてた女性だった。
その女性はパーカーにジャージという、最寄りのコンビニとかに行くような格好をしており、顔には素性を隠すようにマスクとサングラスをかけていた。
一瞬、怒声を止め、女性相手に男性が大人気ないと思ったが…
「ちょっとそこまで付いてきて。」
この女性の軽い感じの言葉を聞き、昇太郎は考えを改めた。
「誰が付いていくかよ、このクソビッチが!
どうせ、俺みたいな男を路地裏とかに連れて行って転がして金目の物、奪うつもりだろうが!
その手には乗らねえぞ!
俺は女だからって容赦はしねえぞ!
今この場でおねんねしてもらって警察のお世話になってもらおうか!」
そう言いながら昇太郎は掴まれた腕を払いのけ、ファイティングポーズをとる。
「はぁ、声色とか変えてないのに分からないのね。
馬鹿じゃないの、私に決まってるじゃない。」
腕を払いのけられた女性はその腕を見て溜め息を吐き、かけていたマスクとサングラスを外した。
「美月さん!?」
「しーっ、声が大きい!
周りに同僚がいたらどうするのよ!?」
興奮気味に名前を呼びかける昇太郎に対して美月は人差し指を唇の前に持っていって粛然の意を示した。
それを聞いて昇太郎は普通のトーンで改めて美月に物を尋ねた。
「すみません。
ところで、何でそんなラフな格好で俺の前に来たんですか?」
「ここじゃあ話せないから、兎に角私に付いてきて。」
「はぁ…分かりました。」
昇太郎は美月の格好を訝しみながら渋々という感じで美月の案内に付いていった---
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