照れ隠し
青原支部内廊下、美月は歩きながら鶴田に妖魔討伐報告書の書き方を教えていた。
「隊長、ここの部分はどう書けばいいですか?」
「そこはね…」
だが、それとは裏腹に先程の昇太郎の不意打ちの笑顔に心悩ませていた。
(いけないわ。
彼が何気なく放つ笑顔にも石のような精神で望まないとすぐに気が緩む。
もう少しシャキッとしないと。)
「…という事なのよ。」
「なるほど…。
では、ここは…」
歩きながら美月が鶴田に書類の書き方を教えていると突然、曲がり角の階段の上から昇太郎が下りてきた。
曲がり角に差し掛かっていた美月達も昇太郎の姿に気付き、そちらを見やる。
鶴田に関しては普通の反応だが、反対に美月は彼を見るなり心臓がいつもより大きく鳴り、すぐに顔が赤くなる。
「よっ、さっきぶりだな、サボ谷。」
「お疲れ様です、鶴田さん。
隊長もお疲れ様です。」
いつも通りの挨拶を交わす鶴田と昇太郎。
「………!
お、おつっ…お疲れ様、し、し…」
「し?」
だが、昇太郎に挨拶を振られた美月は未だかつてない程しどろもどろになり挨拶を交わす事さえ苦労していた。
「しょうがない新人隊員さん!」
「は…は、はっ、はい、しょうがない新人隊員です!」
(主にサボり癖が…って事ですか…。
流石、隊長ですね。
悪口のキレも相手の身体から斬り込むようなものだ。)
そして、絞り出した言葉は彼に対しての遠回しな悪口。
それに対して昇太郎も覚えがあるのか、ぎこちない返事をし、鶴田は心中で1人感嘆していた。
悪口で心中を誤魔化した美月はふと昇太郎の持ってる書類が気になり、彼に尋ねた。
「さっきデスクでやってた仕事は片付いたの?」
「はい。」
「鶴田さんから追加の書類も貰ってたみたいだけど、それも片付いたの?」
「はい。」
「あら、そうなの…。
それじゃあ、今はどこに行ってたの?」
「先輩達と一緒にパトロールをしてました。」
「へぇ、今日は調子がいいのね。
時間も有効活用出来てるみたいだし、いいんじゃないかしら。」
「褒めていただきありがとうございます。」
「………?」
いつもながらとは打って変わり、槍か大砲でも降りそうな勢いの本日の昇太郎の大活躍に美月はまるで自分の事のように嬉しく、思わず顔が綻んだ。
それを傍目から見ていた鶴田は訝しみながら2人に尋ねた。
「なぁ、獅子谷。」
「はい、何でしょう、鶴田先輩?」
「聞くけどよ、お前と隊長ってそんなに仲良かったか?」
その問いに昇太郎は顔が青くなり、共に聞いていた美月は逆に赤くなった。
「そ…」
「ちょっと鶴田さん、そんな訳ないでしょう!
今までずっとサボり癖があった獅子谷さんが今日はやけに活躍してるから少し嬉しくなっただけよ!」
それに対して昇太郎は答えようとしたが、脊髄反射でその昇太郎よりも早く美月が早口で捲し立てるように否定する。
美月の言い分に乗じ、昇太郎も小刻みに首を縦に振り、肯定の意を鶴田に示した。
「昇太郎もパトロール終わったのなら、この書類を片付けなさい!」
「えぇえ!
その報告書、俺一切関与してませんよ!?」
「つべこべ言わずにやる!」
「そんな無茶なぁ!」
「それじゃあ、鶴田さん。」
「えっ…?
ちょ…隊長、この書類の書き方教えてもらうの、まだ途中…。
あぁ、行ってしまった…。」
これ以上の長居は鶴田に深掘りされる隙を与えてしまいかねないと判断し、美月は昇太郎に無茶振りを押し付け昇太郎と共にその場を後にし、階段を更に下へ下りて行った。
後に残るのは1人その場に佇み、空しさをたたえた鶴田だけだった。
「仕方ねっ…別の人に教えてもらうか。」
鶴田もその場を後にし、別の同僚に書類の書き方を教えてもらいに行った---
青原支部内階段、美月は足早に、昇太郎はそんな美月に追いつこうとする形で階段を下りていた。
途中、昇太郎が美月に先程仕事として振られた妖魔討伐報告書について尋ねた。
「待って下さいっ…!
待って下さい、美月さん!
俺はその報告書は本当に一切関与してないので分からないんですよ!」
美月に追いつき並んで階段を下りる昇太郎に美月は少し強めに拳骨を放った。
「うるさいわね、静かにしなさい!
そんな事、言われなくても分かってるわよ!」
「いってぇ…!
って、えぇ!?
じゃあ…何であんな事を…」
「はぁ…いちいち理由を説明しなきゃ駄目ぇ?」
「えっ!?
あ、いや…そんな事は…」
そんなペースで美月から昇太郎への一方的な叱責を続けつつ、足早で階段を下りているととうとう階段を下りきり、廊下を歩き始める。
「後、そんなに近くに寄らないで!
誰かに見られたら要らない誤解受けるでしょう!?」
いつの間にか昇太郎も気付かない内に手と手が触れるか触れないかの距離で歩きつつ話していた。
「あっ…大変失礼しました!
今すぐ離れ…」
と言いかけたところで昇太郎は誤って美月の手に触れてしまった。
彼女と付き合って初めて生の手に触れたが、その感触の余韻に浸る間もなく美月はどんどんと顔が紅潮し、それを見た昇太郎は咄嗟に苦笑いを浮かべた。
だが、そのコンマ1秒後、昇太郎の見ていた景色は180度反転した。
その原因は先程の手と手が触れたときめきとその後に見せた昇太郎の苦笑いに胸を打たれ美月は照れ臭さが限界に達し、その止まらない照れ臭さが自然と右足を昇太郎の頬にクリーンヒットさせたのだ。
昇太郎は綺麗に吹っ飛び、何回かバウンドしながら地面に倒れた。
激しい衝撃音を聞き、音の鳴る方へ自然と野次馬が集まり、気が付けば地方のプロレス大会を思わせるくらいにはギャラリーが集まっていた。
よもや、適当な理由を付けて逃げ出す事が出来ない事を悟った美月は咄嗟にその場に相応しい誤魔化しをした。
「これが私が編み出した10ある対妖魔用格闘術の1つである蹴り技、『ハイキック』よ!」
「うぉぉぉおおお、スゲェェェエエエ!!!」
「隊長が独自で編み出してる格闘術が今ここで見れるなんて滅多にないぜ!」
「サボ谷には悪いが何か役得な気分だ!」
「今度俺も真似して妖魔に試してみよう!」
そう長い髪をかきあげながらドヤ顔で言い放つ美月は悠々と歩きながらその場を後にした。
偶然にも美月の蹴り技を見れた野次馬達の歓喜の歓声は暫くはその場で鳴り止む事はなかった。
昇太郎に関しては野次馬達が立ち去ってもなお鶴田がその場を通りかかるまでは倒れたままだったようだ---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます