超密室
美月の驚く顔を見て、昇太郎は申し訳なさそうに顔を俯けた。
「先程、鶴田先輩が言ってた事を覚えていますか?」
「えっ?
んと…何だっけ?」
「『竜胆隊長にあまり負担をかけるんじゃねぇぞ』です。」
「それがどうしたのよ?」
昇太郎は一瞬、美月を一瞥した後、再度顔を俯かせた。
「先輩は自分だけじゃなく、周りの隊員達の命も預かる斬り込み隊隊長という重要な役職を背負っています。
ただでさえ、俺があの時、先輩の心を乱すような事を言ったのに挙句の果てに乱れた心の解決策として交際するだなんて重荷に重荷を重ねるような滅茶苦茶な案です。
負担が増えすぎて、いざという時に力を発揮出来ない可能性もあります。
万が一、先輩のミスで隊員を無駄に死なせたら俺の方にも責が飛ぶ事もあるかもしれません。
でも、大半は先輩の方だと思います。
そんな事になる前にこんな無茶苦茶な解決案、取り下げましょう?」
「………。」
一頻り話した昇太郎の言い分を彼女は全て理解していた。
だが、何故だろうか?
理屈では分かっていても心の中はもやが埋め尽くすように掛かっていて、まるで積乱雲のようだ。
全く晴れやかではない。
これだけ至極真っ当で理に適ってるのに、心がそれを受け入れない。
「えと…あの…その…」
「ん?
どうしました、先輩?」
急な交際取り下げに美月が返す言葉を選んでいると昇太郎は顔を上げ、心配そうに声をかける。
「先輩、付き合ってくれてありがとうございます。
自分、その書類の場所、分からなくて。」
「あぁ、いいよいいよ。
入社してまだ間もないからな、仕方ないさ。
さっ、ここが物置部屋だ。」
そうこうしているうちに「物置部屋」という単語がこの部屋の外の廊下から微かに聞こえ、彼らは慌てふためいた。
「『物置部屋』?
今、物置部屋って言ってましたよね?
大変です、先輩!
その人達、恐らくここに来るかもしれません!」
「こんな誰もいない部屋で2人っきりでいるとこ見られたら不味いわね。
要らない誤解言われそうだわ。
こっち来て!」
「えっ、ちょっと先輩!?」
「四の五の言わず来る!」
「はっ、はい!」
ごちゃごちゃと言いそうな雰囲気になる昇太郎を美月は出来るだけ小声で制して手を引っ張りながら側にあるロッカーに無理矢理2人で入る。
「着いたぞ、ここが物置部屋だ。」
「へぇ、ここが。
随分と埃っぽいですが、大丈夫なんですか?」
「それは言わぬ約束だ。
ここは物置部屋の名の通り、普段から誰も使わないからな。
まぁ、そんな事よりもさっきの書類、この部屋にある書類見て書かなきゃいかんのよ。
多分、その段ボールの中にあるヤツじゃねぇか?」
「あぁ、これですか?
今ここに運んできますね。」
突然別の隊員達が来て、咄嗟にロッカーという超密室に逃げ込んだ2人。
超密室なので下手に動こうものなら部屋にいる隊員達に気付かれるのも有り得る。
彼らは慎重に周りに注意しながら隊員達がいなくなる事をジッと待つ。
「えと…さっきの話の続きだけど、私の事嫌いなの?
魅力的な感じがないとか?」
だが、それだけではこの状況での無言待機は気まずいので美月は先程言いかけた事を尋ねた。
「そ、そんな事ありません。
先輩の事は初めて会って以来、一度も嫌いになったりなんかありません。
魅力的な所だってちゃんとあります。」
「へぇ、そう。
例えば?」
「それは、その…」
「何?
何もないの?」
「そんな事は、ない…ですよ?」
それもそのはず、彼女のチャームポイントが浮かび上がらないのは、この男女の触れ合いがまともに感じる、この極限の密閉空間の中で彼の脳は最早蒸発し、思考回路に至っては完全に麻痺してほぼ何も考えられなくなっていた。
ただ分かるとすれば、服の衣擦れの度に感じる彼女の服の上からでも分かる、柔らかな身体の感触だけだ。
昇太郎があれこれとチャームポイントを考えている間、美月はその様子を黙ったまま不安そうな目ででジッと見続け、徐に口を開いた。
「あの時言った、『先輩、可愛いね』って言葉も嘘だっ…」
と全てを言い終わる瞬間、昇太郎は突然美月の空いた片手を握り締めた。
「それは違います!」
「へっ?」
突然、真顔に切り替わり、そんな事を言われながら手を握り締められた美月は思わず素っ頓狂な声を出した。
だが、握り締められた手を見た瞬間、見る見るうちに顔が紅潮していく。
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