受け入れ

「確かに自分でもあの時、少しおちゃらけた感じで先輩に出会って間もなく『可愛いね』と軽々しく言いました。

でも、何でかな…?

日々、妖魔を倒していく中でそれ以外に何のやる事もなく、倒してる所を人に見られたら感謝をされる。

それくらいが俺の生き甲斐で、唯一のそれも特に感慨深くもなかった。

身の回りだって特に付き合いもなく、付き合ってる人とかもなかった。

そんな孤独な生活の中で先輩を目にした時、初めて人が好きだと感じた。」


そこで昇太郎は握った手に更に力を込める。


それを感じ、更に昇太郎の手の温かさを感じた美月はより顔の赤みが増す。


「俺はあなたが好きです、竜胆美月さん!」


「えっ…。」


暫くの沈黙の後、美月は自然と足が動き、何時ぞやの夜の時のように後ろを振り返り逃げようとしたが…


「あっ…!」


今の状況から逃げる事に必死で自分は今ロッカーでジッとしている事を忘れていたようだ。


「ん?

何の音ですか?

何か、ロッカーからしたように感じましたが…。」


「………!」


「………!」


「いや、気のせいだろう。

大方、ロッカーにある何かが落ちたんだろうよ。

さっきも言ったが、ここは普段誰も使わないからな。

人だってあまり来る事はない。

そんな事よりも書類を探すぞ。」


先程の不審な音で彼らは美月達がいるロッカーを怪しんだが、解釈違いで何とか探されずに済んだ。


「ふぅ…。」


「はぁ…。」


2人はほっと胸を撫で下ろしたが、それも束の間、昇太郎が不意に自分の手を見ると美月の手を握っている事に気が付いた。


「あっ先輩、すみません。

何か知らない間に手を握っていました。」


「あっ、いいのいいの。」


危機を脱し落ち着いたのか、美月は逃げ出そうとする気持ちも次第に収まりつつあった。


「あっ先輩、これですよね。」


「おぉ、それだそれだ。

よし、じゃあ早速それ見て書くか。

早く行こう。

ここは埃っぽくて敵わん。」


どうやら彼らは探し物を見つけたようでそそくさと歩き出し、逃げるように物置部屋から出ていった。


「ぶはぁ!」


「ごほっ…ごほっ!」


彼らが出ていくなり、美月達はロッカーから物が溢れ出さんばかりの勢いで出る。


彼らに見つからない為とはいえ、ロッカーの中も勿論埃っぽく、尚且つ密閉な事もあって非常に暑かった。


ロッカーから出ると美月は咳をし、昇太郎は仰向けになり襟を掴んで前後に動かし仰ぎ始める。


状態が落ち着くと、まず美月から昇太郎に声を掛けた。


「今の告白…あれは軽々しいものなんじゃなくて、あなたの誠意そのものがありのまま伝わったわ。

私の名誉を守るのも大事だけど、どうせ交際するのなら本気でやらなきゃ楽しくない…って昔読んだ本に書いてあったの。

あなたから交際の話を持ちかけたんだから私を楽しませるように努力してよね。

詰まらない立ち回りしたら許さないわよ。」


強がるように言いたい事を言って、恥ずかしさのあまりに足早に物置部屋を出て行こうとする美月に昇太郎は一瞬立ちあがろうとして呼び止めた。


「それって、まさか…!」


部屋から一歩足を踏み出した所で美月は止まり、顔だけを昇太郎に向かせた。


「これから…よろしくお願いします、昇太郎。」


「………!」


美月は部屋を出るといつも通りの悠々とした足取りで事務室に向かっていった。


告白を受け入れてもらえた昇太郎は衝撃のあまり腰が抜け、立ちあがろうとした身体は鉛のように勢いよく真下に落ち、そのまま座り込んだ。


(自分で告白した時は少しは恥ずかしかったけど、あんなに正面から好きな人に告白されたら…胸に来るものがあるなぁ。

一番胸に来たのが…やっぱり、最後の名前を呼ばれた時かな。

心の中でずっと反芻してるわ。)


暫く昇太郎はその場で座り込んだが、やがて腰の状態も元に戻り、仕事を再開した---


夜の青原支部付近にある、とあるまちなか広場。


仕事終わりに昇太郎はそこにあるベンチでとある人を待っていた。


勿論、美月である。


(ヤバい、凄い緊張してきた。

人生でこんなドキドキする瞬間がこんな俺にもあったんだなぁ…。)


昇太郎はやけに周りをキョロキョロしながら内心はソワソワしていた。


(休憩終わった後からの記憶が曖昧だ。

仕事をしていたのは勿論だが、何をしていたのかと聞かれたら何も思い出せない。

今日も妖魔退治の出動要請があって俺も現場に向かって奴らを倒していたけど、何匹狩ったかも思い出せない。

いつもならすぐ思い出せるんだが…。)


頭を抱えながら今日の事を振り返り、1人悶々としていた。


(そんな事よりも今日はこの後、凄く大事な事がある!

先輩が俺の家に来るんだ!

くっそぉ、俺はどう対応したらいいんだ---)


「さぁてと、休憩の時間だ。

昼の弁当、食べようかなと…。」


昇太郎は事務室で自分のデスクの席を立ち、自分用のロッカーから弁当の包みを取り出して、再度自分のデスクに戻って弁当を食べようとしたが…


「ちょっと、何1人でお弁当食べようとしてるのよ!

ちょっとこっち来なさい!」


「えっ!?

あっ、ちょっ…!」


半ば強制的に突然デスクの前に回り込んでいた美月に腕を引っ張られ、昇太郎は青原支部の玄関の方へ連れて行かれた---


「あの…かなり無理矢理連れてこられたんですが、何か怒ってますか先輩?」


連れてこられた所は青原支部の中庭のベンチである。


昇太郎は美月の顔を窺い少しビビりながら弁当の中身を少しずつ摘むように食べていき、美月は普段通りの食べ方で食べている。


今食べている物を食べ終わるなり、美月は昇太郎の方に顔を向けた。


「違うわよ。

さっきのはちょっと…誘い方を誤ってしまったけど、とりあえず、あなたにお願いがあって今日お弁当を一緒に食べに誘ったの。」


「はぁ…。

えと…お願いというのは?」


そう聞かれると、美月は突然辺りを見回し始め、1周回ると昇太郎の方に再度向き直った。


「ごめんなさい、人気がないとはいえ、こういう事はやっぱり周りに配慮しながら言えばいいと思って…。

失礼、少し耳を貸して。」


「えっ!?

ちょっ…!」


徐に美月が身を乗り出し、昇太郎に顔を近付け、彼の耳に顔を持っていく。


そして少しぎごちない口調で言葉を発した。


「今日の仕事終わりに…あなたの家に…行っていい…?」


美月が耳から離れていくと昇太郎の胸に突然、言いようのない動悸が襲った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る