経験則と勘

鶴田と昇太郎の後を気付かれないように尾行していた美月の行き着いた先は物置部屋。


鶴田は部屋の扉を開け、後ろにいた昇太郎を招き入れる。


「今回は個人的な聞き取りだ。

今日も今日とて仕事でもあり、妖魔退治の要請もあるかもしれん訳だから手早く終わらせたい。

正直に全て話してもらうぞ。」


「分かりましたよ、鶴田先輩。」


「早く終わらせるつもりだから、普段誰も使わない、この物置部屋で聞き取りをする。

少し埃っぽいがそこは我慢しろ。

さて、そういう訳であそこにある机と椅子を持ってくるぞ。」


そこで昇太郎は鶴田の今の発言を聞いて、ふと思った疑問を彼にぶつけた。


「何で机まで持ってくるんですか?

そんなの手間じゃないですか。

椅子だけでいいでしょう、鶴田先輩。」


するとその疑問に対して鶴田はまるで汚いケダモノを見るような目で言葉を返した。


「お前…それだと俺と獅子谷が見合いしてるみたいじゃねえか!

嫌だよ、そんなの!

誰が男なんかと見合いじみた事をせにゃならん!

気持ち悪いわ!」


その言葉を聞き、昇太郎も自分で言った事を後悔し始めるように苦笑いを浮かべる。


「…あはは、そうですね…。

確かにそれだとお見合いみたいな雰囲気になりますもんね…。

俺もそれは嫌ですわ…。」


「お前以上に真顔でそんな事言われた俺の方が10倍嫌だわ!

もう少し考えてから発言しろ!

ふん…まぁいい、時間が惜しいから気持ち悪い事言ってないでさっさと始めるぞ。

とりあえず先にお前が座る椅子を運べ。

俺も俺で運ぶから。

そしたら、2人でこの机を運ぶぞ。」


そう指示を出した後、各々で椅子を運び、机を2人で協力して運び、2人して椅子に座る。


(…何をやってるんだか。

そもそも彼はもう私の彼氏なんだから鶴田さんなんかにはやらないわよ。

…って私何言っちゃってるのかしら。

独り言でも恥ずかしくなってきちゃったじゃない。

まだ私と交際したのかも、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか分からないから1人で舞い上がってないで、ちゃんとここで真意を確かめなきゃ。

っと、そんな事言ってる間に話し始めたわね。)


鶴田と昇太郎はするすると話し始める態勢をし、それを見た美月は静かに物置部屋の壁に寄りかかり聞き耳を立てる。


「よし、回りくどい事は苦手だから早速で悪いが単刀直入に聞くぞ。

昨日見逃していた妖魔の急襲があった後、お前は竜胆隊長と何をしていた?」


(本当…情緒のかけらもないわね。

まぁ勤務時間帯にこんな事やってる事自体、あり得ないから仕方ない訳だけど…もう少し回り道しながらの方が彼も答えやすいんじゃないかしら。)


少し言いにくそうに顔を俯かせていたが、数秒後、顔を上げ口を開いた。


「少し隊長が元気なさそうだったので、差し出がましいですが、追いかけて相談に乗ってあげただけです。」


「そうか…。

そのまま押し倒したのか?」


「………!」


(えっ?)


昨日の出来事を鮮明に思い出させるような的確な一言に昇太郎と美月は目を見開いて動揺する。


(何故だ!?

何故、そんな事分かったんだ!?

あれは結果的に俺が躓いて不可抗力的に先輩を押し倒したのだから故意ではないにしろ事実だ。

この人はその時の現場には居合わせてないはず…。

覚えている、確実にあの時は俺達2人以外は周りに顔見知りは誰一人としていなかった。

一体どういう事なんだ!?)


だが、あからさまに顔に出せば即座にバレるのでポーカーフェイスを装いつつ、探りを入れる。


「何で鶴田先輩はそういう風に思ったんです?」


「お前は万年サボタージュと言われるくらい仕事ではサボる事しか考えてない。

だが、そんなお前でも傷心の女性の仕事仲間を見つけたら押し倒すだろうと思った俺の長年の経験則からの勘だ。

なんとなくだが、お前ならやりかねん。」


(全くそんな下心は彼にはなかったけど、事実は事実だからその説明もかなり説得力があるわ。

私は優秀な実績を買われたスカウト制でここに勤め始めてたけど、鶴田さんってかなりの古株!?)


「そういう事ですか。

ですが、いくらなんでも俺は傷心の女性相手に慰めを装いつつ襲いかかるなんて真似は絶対出来ません。」


「そうか…。」


そこで鶴田はゆっくりと両目を閉じたが、僅かな間を置いて目を開けた時には身体を射抜くような鋭い眼光が光った。


「だが今一瞬動揺したな!

俺はそれを見逃さなかったぞ!」


「………!」


(………!)


その瞬間、周りには人1人では最早逃げられないような壁が昇太郎を囲むように立ち塞がった気がした。


「最初に言っただろう、『全て話してもらうぞ』と。

言い逃れや小賢しい嘘は俺には通用しないぞ!

早く逃げたいならば、包み隠さずありのままの出来事を詳細に話せ!

さぁ、話を戻すぞ!

昨日、お前は竜胆隊長を押し倒したのか!?」

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