バッドタイミング
まだセーフティー範囲で青原支部に到着した美月は通勤途中の焦りの顔を払拭させ、普段通りの凛とした顔で扉を開ける。
「おはようございます、竜胆先輩。」
「おはよう、皆さん。」
だが、心の焦りはまだ抜けてなかったのか、いつもなら入ってすぐ挨拶するはずが先手を取られたようだ。
(さて、皆に挨拶も済ませたところで昨日勝手に何も言わずに走り去った謝罪をしないと。)
支部内を探し回るとまたいつもの如くサボタージュの始末書を何食わぬ顔で書く昇太郎を見つける。
「獅子谷さ…」
「獅子谷、お前またそれ書いてんのか!?
良い加減いつになったら真面目に仕事するんだ!」
声をかけようとしたが、それを上回る怒号で呆気なくかき消される。
「すみません、この時、実は遅刻しそうだったんで朝食摂ってなくて…」
「それはお前自身の問題だろう!
自分で解決しろ!
自身の問題を支部に持ち込むな!」
「すみません。」
「………」
仮にも隊長格なので隊員が起こす不祥事に対する説教は当然なので横から口は出せず、ただただ黙って見守る事しか出来なかった
一通りの説教が終わったのを見計らい、再度声をかける
「獅子た…」
「おい、サボ谷!
お前という奴は…」
「くっ…!」
また別の隊員からの怒号。
思わず歯噛みする。
(何よ、これ今日に限ってのことなのかしら?
私は隊長格だから普段からいつ要請があってもいいように刀の手入れをしたり、すぐ終わりそうな書類とかを片付けてるけど、彼はいつもこんな感じなの?
働く部署が違うから全く彼のスケジュールが分からないわ。)
次の用事が終わったようなので一つ咳払いをし、気を取り直して、再度声をかける。
「し…」
「万年サボタージュ!」
(あーもう、何でよぉぉぉおおお………!!!)
そこから連鎖的に色々な隊員からの苦情や説教を経て、1回妖魔退治の要請を受けて、それを完遂し支部に戻ってきた。
戻った美月は昇太郎が戻ってきた事も視認し、周りを見回し、誰も昇太郎に近寄る者がいない事を確認すると安堵しながら昇太郎に声をかけた。
「獅子谷さん。」
「あっ先輩、おはようございます。
何かありましたか?」
「昨日、あの後、何も言わずに逃げ出した事を謝ろうと思って声をかけたの。
本当に昨日は散々騒いで迷惑かけて申し訳なかったわ。」
「いえいえ、まだあの時は先輩も気持ちの整理がついてなかったからはずだから仕方なかったですよ。」
(気持ちの整理…そうだわ。
私、昨日告白されたんだったけど、あれって本当の事なのかしら?)
昨日昇太郎から交際を提案された美月は恐らく自分の身を案じてのものだと思っていた。
斬り込み隊長は自分から真っ先に敵に向かって突撃し少しでも後から続く隊員達の負担を軽減する役目で極論で言えば、隊員の生存率を上げる役目でもある。
決して生半可な心持ちでは務まらない危険な役目である以上、恋愛感情に心を振り回されるのは隊員を無駄死にさせるのに等しい事だ。
そこで乱れる心を少しでも抑える為に昇太郎が一肌脱いで交際を提案したのだろう。
だが、それもこれも全ては憶測なので昇太郎に真意を問わないと分からないので美月は改めて昇太郎に尋ねた。
「あの…獅子谷さん。」
「はい…何ですか、先輩?」
困惑してる表情で名前を呼ばれる昇太郎はその姿に違和感を覚え、神妙な面持ちで次の言葉を待つ。
美月は言いにくそうに一度目を逸らしながらも数秒して再び彼と目を合わせ、その口を開いた。
「あの…昨日言ってた事って本当につ…」
「おい、獅子谷!」
昇太郎に真意を問う最中、再び別の隊員からの声がかかった。
「お前、昨日俺が何も聞かなかったからって今安心してんじゃないだろうな!」
昇太郎の前教育係である鶴田だった。
どうやら、昨日のパトロールとそこで現れた妖魔退治の現場で怒っているらしい。
「あっ、これはどうも、竜胆隊長。
そんな事より、おい獅子谷!
昨日俺が見逃した妖魔押さえてた途中にお前が竜胆隊長を追いかけて俺んとこに戻ってくるまでの間の事、今日は洗いざらい話してもらうぞ!
昨日俺が何も聞かなかったのはお前が何やら疲れてそうな雰囲気だったからだ!
今日という今日は絶対話させてやるからな!
ほら、こっちに来い獅子谷!」
「あはは…はぁい、鶴田先輩。
って事で先輩、なんか話の途中みたいだったけど、それは後でお願いします。
何か、鶴田先輩が怒髪天みたいなんで、こっち終わったらまた声かけてください。
それでは。」
「あっ…うん、分かったわ。」
頭を下げると、身を翻し鶴田の元へ駆け寄る。
「早く来い、獅子谷!
いつまでも竜胆隊長の所で油売ってるな!」
「あぁ、はいはい。
今行きますよ。」
「では、竜胆隊長。
もし現場で会ったらその時はまた宜しく頼みます。」
「はい、こちらこそ。」
美月に対する挨拶を始めと終わりで抜かりなく済ませた鶴田は再び昇太郎に向かい合い、声を張る。
「『はい』は1回で良い!」
「…はい。」
「それにしても、何だ、さっきの乾いた笑いは!?」
「それは…すみませんでした。」
段々と遠ざかる2人の背中を見て美月はとある妙案を思いつく。
(鶴田さん、昨日の出来事を洗いざらい聞くと言っていたわね。
だったら、少し行儀が悪いけど、聞き耳を立てれば、もしかしたら真意を聞けるかもしれないわ。
よし、早速決行ね。)
美月は前の2人に気付かれないように尾行していった---
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