我慢の限界
青原のとある地区の大通り。
ここは本日の美月のパトロール管轄地区で先程までパトロールをしていたが、それも全てたった今終わったらしい。
美月は最後に辺り一面をぐるっと見回し、何も不審な場面がない事を確認すると服の乱れを整え始めた。
「よし、パトロール異常なし。
今日のパトロールはこれで終了ね。」
(今も彼の気配と視線を後ろから感じて、少し動悸があるけど段々と慣れてもきたわ。
それに何だか良い気分だし、このままの調子で今日1日の仕事をやり切りましょう。)
パトロールを完遂し、気持ちを整える為、深呼吸を1回していると向こうから同僚の声が聞こえてきた。
「隊長ー、お疲れ様です!」
「あっ…ご苦労様、鶴田さん。」
その声の主は昇太郎の前教育係の鶴田だった。
「鶴田さんは確か別の地区の管轄だったでしょ?
どうしたここへ来たのですか?」
「ほら、確か昨日、隊長が調子悪かったって申し送りがあったから、パトロールが終わった後で隊長の事を見にいこうと思ったんですよ。
それで大丈夫ですか?」
「何かと思えばそういう事ですか。
私は見ての通り、本調子ですよ。」
「そうですよね。
この数分の会話で分かりました。
でも、良かったです、大丈夫そうで。」
普段通りの振る舞いで本調子を示す美月とその美月の調子が戻った事を和気藹々とした雰囲気の会話で確認してホッコリとしている鶴田であった。
だが、その時、どこからともなく耳を劈くような奇声が響いた。
「キシャァァァアアア………!!!」
その声に鶴田と美月は怪訝そうな顔をする。
そして、声の主はどこかと辺りを見回す。
「この耳障りな声、まさか…。」
「隊長の思ってる通りです。
この声は正しく…。」
すると鶴田と美月の後ろに立っている建物の屋上から「その者」は飛び降り、着地した。
「キシャァア!」
再び奇声を上げながら持っている刀を振り回し、歩道を走り始めた。
(嘘…なんて事…!
この私が見逃してた!?)
「待ちなさい!」
突然現れた妖魔の暴挙を止める為、美月は妖魔に向かって走り始める。
一方、その頃、美月の後ろの建物を2軒程隔てた所で相も変わらず昇太郎は美月を観察していた。
突然の妖魔の出現に一瞬は驚いたが、即座に気持ちを切り替えた。
「おっ、妖魔か?
先輩…まさかと思うが、見逃してたのか?
まぁいいや。
こうしちゃいられねぇ。
俺も妖魔退治に参加するとしますか。」
早速、昇太郎は脇に差してある鞘に手をかける。
すると妖魔が一心不乱に振り回している刀がとある店の看板に当たり、そのままの勢いで美月目掛けて飛んできた。
「うわっ!
あんな速度で当たったら、例え先輩であっても一溜まりもないぞ!
えぇい、くそっ!
間に合うか!?」
ひとまず、昇太郎は柄を握るのをやめ、美月に向かって走っていった。
「隊長、危ない!」
鶴田が声を荒げて喚起するのも束の間、飛んできた看板はまもなく美月に当たりそうな距離だった。
「不味い、当たる!」
避けれないと思った美月はその場で目を瞑った。
「先輩!」
遂に間に合った昇太郎は走る勢いをそのままに少し屈み、肩を前面に突き出しながら看板にタックルをかまし、看板は反対の方向へ飛んできた勢いも相乗し弧を描きながら思いっきり吹っ飛んでいった。
昇太郎の強力なタックルを目の前にし、美月は腰が抜けて床にへたり込んだ。
それを見ていた看板を置いている店の主人が大声で昇太郎を責め立てた。
「ちょっとあんた、うちの店の看板を…!
全くどうしてくれんだよ!?」
「大丈夫です!
ちゃんと計算して人がいなさそうな所に向かって吹っ飛ばしましたから!」
「いや、そういう問題じゃないよ!」
「それよりも先輩、大丈夫ですか!?」
「おいぃ!」
看板を吹っ飛ばされ熱り立つ店の主人を無視し、床に膝を付いて美月の心配をする昇太郎。
「やっぱり…駄目…。
獅子谷さんが…すぐそばにいて、いつも通りに仕事するなんて…出来ない…。」
「?」
昇太郎に聞こえないくらいの小声で今の言葉を呟くと美月は突然立ち上がった。
「先輩?」
その場で見上げた美月の表情は太陽からの逆光で読み取れず、昇太郎は不審に思い彼女に呼びかけた。
そして、しばらくの沈黙を経た後、それを破るように美月は唐突に走り出した。
「先輩!
…チッ!
待って下さい!」
昇太郎も美月に応じるように走り出した。
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