散々なパトロール

青原支部のとある地区の大通り。


いつも定時に回るパトロールの途中である。


だが、いつもと目に見える程に違う様子がその日のパトロール中にはあった。


(何か…視線を感じる。

パトロール中に視線を感じるのは初めてだけど、知らないものじゃない。

むしろ、よく知ってるものだわ。

上手く隠れてるようだけど、周りには一切目もくれず、ただただ狙った獲物だけを一点に見据える、この真っ正直な視線。

おそらく、いや絶対に…獅子谷昇太郎に違いないわ。)


美月の後ろの建物、2軒程隔てた、とある建物の陰。


獅子谷昇太郎は彼女の予想通り、その陰から彼女を覗いていた。


彼女が先を歩く事に比例し、間隔を縮めつつ、それ程の距離を空けながら近付き、彼女を監視するように覗いていた。


(あの時にかけた言葉、何を勘違いしたか知らないけど、まさかこんな付き纏うように覗いてくるとはね…。

それじゃあ、ただのストーカーじゃない。

一緒に協力して解決しようとは言ったけど、そこまでしたら事情を知ってる私ならまだしも、他の同僚が見たら通報されてもおかしくないわ。

まぁ、あの行動が彼なりの精一杯考えた結果なんだろうけど、これじゃあ逆に仕事に集中出来ない。

けど、だからといって彼の行動を咎めたら精一杯解決しようとしてくれる彼に申し訳ないし…。

うーん…よし、考えるのは後、後。

今は石金の美月として目の前のパトロールという仕事に集中しないと。

さっ…やるわよ。)


そう心の中で意気込んで再び仕事に取り掛かった数分後---


(はあぁぁぁ………。)


人気のない路地裏の少し開けた場所で美月は1人、壁に手を付き、しゃがんだ体勢で落ち込んでいた。


(さっきからすっごい散々なのだけど、どういう事なのかしら…。

単に彼にずっと見られているからってだけじゃないような気さえしてくる。)


美月は虚空を見上げ、今までの事を思い返し始めた。


(道端に落ちてる小さな小石に躓くし、いつもなら気付いて挨拶を交わすはずの小さい子供も気付かないどころかぶつかってしまって、その子を泣かせて、その子の親御さんにも心配されるし、挙げ句の果てに道を間違えて自分の管轄外の所までパトロールして、その管轄内をパトロールしてる同僚にまで心配されるし…。

いつも以上に色んなところが抜けてる…。)


「………。」


しばらくの間、その場で思考するように止まっていたが、やがて立ち上がり、大通りへと続く路地裏の出口に身体を振り返らせた。


(こうなったら、獅子谷さんの行動を覗き返してやるわ。

私だけ、覗かれるなんて不公平だもの。

それにこの行動も単なる仕返しなんかじゃない。

私も今でも続くこの動悸とモヤモヤを1秒でも早く治したいから覗くだけであって、私の心の中には決してやましい事なんてないわ。

それに「覗き」なんて言葉も正しくないわね。

それだと何か如何わしいように聞こえてくるわ。

…そう、私のこの行動は私の中の動悸とモヤモヤを治す薬を貰う為の代金を稼いでいる行動なんです!

そんな正当化された行いなんです!

だから、何一つやましい事なんてないわ、もう一度言うけどね!

よし、これだと大丈夫ね。

それじゃあ、早速行くわ。」


誰に対して言い訳したのか、全く定かではないが、妙な正当性とやる気を漲らせ、美月は大通りの方へ悠々と歩いて向かった。





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