再会

給湯室の入り口付近の曲がり角。


「とりあえず、水でも飲んで落ち着かないと要請が来た時にスムーズに職務を遂行出来ないわ。」


そして、曲がり角に差し掛かったその時、その先に人影が見えた。


思いもよらぬ事だった為、当然避ける暇さえなかった。


「きゃっ!」


思いきり相手にぶつかり、その反動で後ろによろめき、床に尻餅をついた。


痛そうに尻をさすりながら、自分に覆い被さるように立つ人影を見上げる。


「あ、すみません。

人がいる事に気が付きませんでした。

まぁ、そんな事より…大丈夫ですか?」


相手方も床に座り込んでいる美月に対して少し屈みながら手を差し伸べる。


だが、相手方はその顔を見た時、驚いたように目を見開いた。


「って、あなたは石金…?の美月先輩?

確か、何日か前に俺に説教をしていた…。

でも、そこから全く見かけませんでしたけど、何かお久しぶりです。」


(それはあなたに会うと動悸がするからよ!)


ぎこちなく笑みを浮かべる彼は以前、美月に無礼を働いた獅子谷昇太郎だった。


(ちょっと噂しただけであなたからひょっこり現れるなんて、なんて津軽衆なのよ!)


昇太郎とバッタリ遭遇し、彼と視線を合わせただけで瞬く間に動悸が始まった。


「とりあえず、ぶつかってすみません。

それよりも…はい。

手貸しますよ。」


そして、驚きのあまり引っ込んだ手を再び伸ばす。


(こんな状態で手なんか握ったら堪ったものじゃないわ。)


「いらないわ。

自分で立ち上がるから。」


「そうですか。」


そして、立ち上がるが、彼が触れる事を阻止した事で生じた安心感からの気の緩みが美月の足を捻らせてしまった。


そこから前のめりになって、昇太郎の身体に倒れ込んだ。


「いたた…ごめんなさい。

獅子谷さんは大丈…」


そう言いながら美月は正面を向いた。


「夫!?」


「か、か…は、あ…。」


そこには自分の胸で顔が下敷きにされた、息苦しさのあまり呼吸困難に陥りそうな昇太郎がいたのだ。


手を繋ぐどころか、逆に身体全体を密着させてしまい、その顔は茹で蛸のように真っ赤になっていった。


そして、美月は一瞬のうちにして曲がり角の陰に隠れ、顔半分だけ覗かせ、昇太郎に謝罪した。


「ご…ごめんなさい!

今のは私が悪かったわ!」


やっとの思いで呼吸を再開出来た昇太郎は呼吸しながらゆっくりと上体を起こす。


「はぁ…はぁ…。

あー…今のはヤバかった…。」


そして、呼吸が整った後はゆっくりと立ち上がった。


「しかし、さっきの顔に当たったあれは何だったんだ?」


(!!!)


「やけに重量感がありつつも、それでいて固くなく、逆に柔らかかった。

女性の身体って事なのだろうが、それにしては柔らかすぎた。

あれは一体…」


すると、そこでそれ以上は喋らせまいと美月が曲がり角の陰から身体を出し、右手を真っ直ぐ前に突き出して、制止の意を示した。


「ちょっと待って!

それ以上の詮索は厳禁よ!

女性の身体の事なのよ!

ましてや、男である獅子谷さんがそれを詮索するなんて以ての外だわ!」


「お…おう、分かりました…。」


「それよりも、この後時間ある?」


「えっ?」


「ちょっと、私に付いてきて。」


「おわっ!

ちょっと!」


昇太郎のまともな返事すら聞かずに美月は無理矢理に彼の手を引っ張って、青原支部の出口方面へ足早に歩き出す。


以前の彼女からはあり得ないミスだ。


相当焦っているらしい。


(私の胸の動悸が治らないのも元はと言えばこの男のせい。

だったら、この男から全て問い質せばいいだけじゃない。

そうよ、最初からこうすれば良かったんだわ。

私って、いつもこんな風に焦ってる時は本当に馬鹿。

自分でもつくづく甘いなって思うわ。

でも、今悩まされてるこの動悸も今日で何もかも終わる。

覚悟しなさい、獅子谷昇太郎!

洗いざらい、素っ裸になるまで喋ってもらうから!)


そして、鼻息を荒くしながら、今以て状況全くを理解していない昇太郎を引き連れ、青原支部を抜け出し、目的の場所へと歩いていった---










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