石金

女は右手に手拭いらしき白い布を持ち、左手には長方形の石のような形をした物体を入れたビニール袋を下げている。


更に左の腰には刀が差してある鞘、右の腰には水らしき白い透明な液体が入ったボトルを提げていた。


それらの道具を持っている事から推察するに女は今まで刀の手入れをしていたらしい。


「お疲れ様です!」


最初に頭を下げた隊員を皮切りに次々と他の隊員達が頭を下げ始める。


「ご苦労様です、皆さん。」


「いやぁ、間近であの人を見たけど、あの人がここん中では誰もが知ってる有名人、石金の美月ですか。」


「俺、初めて見たけど、いかにも凄そうな人ですよね。」


特定のグループの隊員達が女を見ながらこそこそ話を始める。


「竜胆美月りんどうみづき隊長。

最年少で16歳からスカウト形式で青原支部に入隊し、そこから僅か1年で支部内のどんなベテランでもその責務を全うし得ない斬り込み隊隊長に抜擢される程の実績を築き上げた傑物。

斬り込み隊長として、まるで赤子の手を捻るが如く、どんな状況どんな現場でもその責務を全うし、今では支部内のほぼ全ての隊員から憧れの存在として君臨している。

日頃から真面目で、それであり誠実な彼女はいつしか彼女の事を周りが石部金吉と呼び始め、それが段々と略されていった。

彼女の通り名は石金の美月いしがねのみづき。」


「へぇ、そんな感じで石金と呼ばれてたんですね。」


「まぁ、そんな感じよ。」


「でも、隊長って凄い美人ですよね。」


「確かに隊長の見た目は可愛いし、胸も大き…」


その先を言いかけたところで彼らのすぐ横の壁際に1本の刀が轟音を立てながら刀身の半分程が突き刺さっていた。


「私の事を噂してるような感じがしたけど、何か変な事を言った?」


美月は眉間に皺を寄せ、凄まじい剣幕で彼らを睨め付けた。


「いいえ、何も…。」


彼らはその場で立ち尽くし、青ざめた顔をしながら辿々しい声で否定する。


それを横目で見ていた別のグループが再度こそこそ話を始める。


「俺達は妖魔殲滅という過激な職務を毎日やっているからな。

普段から血気盛んな連中がうじゃうじゃいやがる。

だから、あれくらいの気迫と威厳がなけりゃ、俺達をあんな風に纏められないし、斬り込み隊長という常に死と隣り合わせの職務には就けないよ。」


「な…なるほど、そう考えると隊長が隊長としての座を今まで座り続けてるのにも納得です。」


美月は噂していたグループがいた壁際に刺さった刀を抜き、鞘に納めると踵を返し、そのまま一直線に昇太郎の元に歩み寄った。


座っている昇太郎を真上から見下ろし、威圧する眼差しで見据える。


だが、馬鹿なのか、はたまた全く気にしていないのか、昇太郎はそんな視線にも怖気付く事なく美月を見つめ返す。


数秒の後、美月は徐に口を開いた。


「あなたは今就いている職務をどう思ってるの?

確かにあなたは鶴田さんがこの青原支部に雇用しようとしていた時からとても凄まじい力を持っていて、鶴田さんも含め、ここにいる面々からは一目置かれていたわ。

鶴田さんはあなたに懇願し、ここに入隊してもらった。

管制室からの連絡があった時は妖魔を殲滅する為、その凄まじい力を遺憾なく発揮してほしい。

空腹というのはそれを邪魔する要因の1つであるとも私は理解しているつもりよ。

だけど、職務中にその愚行を行うのはどうなのかしら?

さっきは住民に死傷者が出なかったけど、もし死傷者が出るような現場に遭遇したとしたら、あなたのその愚行を止める事によって1人でも多くの死傷者を減らせるのよ?

あなたはそれを分かっ…」


そこまで美月が言いかけたところで不意に昇太郎が全く空気を読まない言葉を発した。


「先輩、可愛いね。」


「なっ…!」


「ちょっ…おまっ…!」


昇太郎を除く、事務室内にいる全ての隊員達が固まったまま、昇太郎を見つめていた。


突然口説かれた美月本人は口をパクパクさせながら、顔は紅潮し、身体はブルブルと震えていた。


口説いた…いや、口説いた自覚があったかも定かではない昇太郎本人は奇異な瞳で美月を見ていた。


昇太郎の近くにいた隊員達は美月の次の行動が予想出来ているのか、見る見るうちに顔が青ざめ、互いに顔を見合わせ、頷き合うと昇太郎の腕やら足やらを掴んでまるで火山の大噴火を避けるように無理矢理後ろに引き摺らせた。


咄嗟の事でしばしの間、頭が真っ白になっていた美月だが、やがて思い出したかのように最後の一言の怒声を言い放った。


「と…とにかくここに入隊したからにはきちんと職務を全うしなさいよ!」


その一言を言うと身を翻し、まるで逃げるように足早にその場を立ち去った。


何とか火山の大噴火を免れたとホッと一息吐いた昇太郎の四肢を掴んでいた隊員達はその昇太郎本人に問い質した。


「お前よく隊長の言葉を遮って、あまつさえあんな不躾な事を言ったな。」


「そうだぞ。

危うく、俺達にまであの手入れしたての刀の鯖になるところだった。」


「冷や冷やさせる奴だ。

どうして、あんな事言ったんだ?」


「何ですか、先輩方?

自分が思った事を喋るのは当然でしょうに。」


「おまっ…そんな理由であの泣く子も黙るような恐ろしすぎる隊長の機嫌を損ねさせたのか。」


「別に怒らせるつもりで言った訳じゃないですよ。

俺はただ思った事を言ったまでです。

そういう風に捉える、あの石金さん?が悪いんですよ。」


「おい、馬鹿!

そんなデカい声で言ったら、隊長に聞こえるぞ!」


その後も美月の人影が事務室の入り口を通り過ぎるまで昇太郎は危険を顧みないようなとんでもない発言をし、それを周りの隊員達が必死になって宥めるやりとりをし続けた---

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