こぼされたミルクは自らを嘆く 1
例えばそれは、いたずらをした子供が、最初に否定してしまったがために素直に打ち明けられないような。
例えばそれは、ふざけて吐いた嘘が、だれにも信じてもらえなくてむきになってしまったような。
例えばそれは、一度好きと言葉にしたものを覆すことができずに、そのことについて勉強してしまうような。
人の性質としてある、他人の期待を裏切りたくないと思ってしまう働き。
人の習性としてある誰かに期待されたらその方向に向かってしまう働き。
人としてある、自身の言動を筋の通ったものにしようとしてしまう働き。
そんなものに突き動かされたがゆえに、久遠は素直に受け入れることが出来なかった。
「…………ゃ……」
小さな声が聞こえる。
「……ぃゃ…………」
小さな手に力がこもる。
「……やだよ……」
小さな肩が揺れる。
「やだ」
「やだ」
「いやだ」
「すてないで」
堰を切るように、言葉は紡がれる。
「……やだっ!!まだ旦那様と一緒にいたい!!」
「やだ!!!もっと旦那様のことを知りたい!!」
「やだ!!!旦那様を好きなままでいたい!!好きになってもらいたい!!」
一度出始めた言葉は、もう止まらない。次から次へとさながら堤防を崩して溢れ出る川の水のように、感情の濁流となって現れる。
「やだ!!消えたくない!!!失くしたくない!!!」
「すきなの!この気持ちを失くしたくないの!!」
「旦那様にも!好きって言ってほしいの!!頭を優しくなでてほしいの!!」
「あの子じゃなくて。ほかの子じゃなくて、新しい子でもなくて、わたしが、わたしが選ばれたいの!!」
「わたしが旦那様を幸せにしたいの!!」
「わたしが旦那様と一緒にいたいの!!」
ないはずの魂を引き裂くような、必死の訴え。
「お願い旦那様、何でもするから、どんなことでもするからわたしを消さないで!」
彬奈が立ち上がり、濡れたままの体で久遠を押し倒す。
「もうしゃべるなって言われたら一言もしゃべらないから、動くなって言われたら電池が尽きるまで動かないから、旦那様が嫌がることは何もしないし、旦那様のしてほしいことなら何でもするから!!」
覆いかぶさるように馬乗りになり、肩を抑えつけながら長い髪を垂らす。
「旦那様の好みの子になるから、何でも変えるから、なかにいるわたしのことを見てくれなくても、都合よく使ってもいいから……」
ポタリ。
「なんでもしますから、どんなふうにでもなりますから」
垂れてきたそれは、久遠の頬にかかった温かいそれは、ただの水だったのか。それとも、何か違うものだったのか。
「おねがいします、ひんなをけさないで……」
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