公園で黄昏る子供 4

「おかえりなさいませ。この時間に帰ってきたということはくだんの子供と話し合いを重ねてきたのでしょうが、彬奈としてはかなり驚きの結果です。かなりの確率で昨日か今日で通報されると思っていたものですから」


 いつもよりもだいぶ時間が遅くなりながら帰ってきた久遠の話を聞いて、先日よりも瞳の色を明るくした彬奈は、とても主人に対して慰安用アンドロイドが言わないであろう言い方をして、それに対して若干の違和感を覚えつつも気のせいであろうと、久遠は自身を納得させる。


「……幸い、通報されることはなかったよ。防犯ブザーからは片時も手を離さなかったから、ちゃんと警戒だけはされて今みたいだけれど、突然話しかけた赤の他人としてはかなり良好な関係を築けたんじゃないかな」


 あるいは、赤の他人だからこそ良好な関係を築けたのかもしれない。中途半端に関わっている人は、どうしても話したあとのことが頭を過ぎってしまう。簡単に途切れてしまうようなか細いつながりだからこそ、本心を告げられることもあるだろう。適度に無関心で、けれども話だけはまともに聞いてくれる相手というのは、お金でも払わない限りなかなか得られないものだ。


 ましてや、本来なら子供にとってその立場にいる学校のカウンセラーは、ネグレクトなんて話題になったら反応せざるをえない。そして、祖父に感謝していると言ったあの子供は、きっと大事になることを望んではいないのだろう。久遠はそう考える。


「それにしては随分と辛気臭い顔をしていますね。彬奈の機能の内には悩みの解消も含まれているのですから、有効活用した方がいいと思いますよ」


 彬奈はソファに腰を掛け、久遠に対してベッドに座るよう目で言った。



「……あの子がね、ネグレクトを受けているらしいんだ」


 久遠はベッドに座り、自身が今日した会話を覚えている限り正確に伝える。そして、全て話し終わってから、自身のその時に思ったことを言った。


「それでは自身の考えを伝えることができずに帰ってきてしまったと。何というか、格好悪い話ですね」


「自分でもそう思う。……それで彬奈、こんなわけなんだけど、なにかないかな?」


 話しながら自分自身の格好悪さを情けなく思いつつ、今抱えている違和感のような胸のもやもやを解決できるいい言い回しがないか、久遠は問いかけた。


「それは自身がお考えになるべきことでしょう。彬奈の機能は相談に乗ることで、目の前に答えを出してあげることじゃないのです」


 人の思考に対する干渉の禁止。悩みを抱えた人に対して、アンドロイドが自身の主義主張をもとに干渉することは、間接的な人工知能の反乱に繋がりかねないものとして制限されている。よって、久遠は彬奈に答えを聞くことができない。


「ただ、のお話を聞いて、頭を回すお手伝いをすることならできます。だから、どこに、どうして違和感を覚えたのか、何が納得できなかったのかを聞かせてください」


 干渉は制限されているが、もともとそこにある解にたどり着けるように誘導してやるのは制限されていない。勉強の答えを教えることはできずとも、考え方を教えてやることはできる。


「ネグレクトされているって言いながら、自分を幸せだって言っている姿が嫌だった」


「幸せだって言いながら、苦しそうにしているのが気に食わなかった」


「自分のことを卑下しているのが、どこか俺と重なって見えて気に食わなかった」


「一人で寂しそうにしている姿が、見てられなかった」



 ただの嫌悪。ただの同一視。ただの代償行為。ただの憐憫。妥当ではあるが、とてもまともとは言えない感情から生まれたお節介。それと、どこかから突然現れた義務感。それが久遠の中の、モヤモヤとした部分だった。


「でしたら、はどうするのですか?どうしたいのですか?」


 それをうまく解決する方法はない。あったとしてもそれはすごく時間のかかるものだ。久遠の問題を根本的に解決することはかなり難易度が高い。だから。


「ただの面倒くさいやつになるだろうし、押し付け以外の何物でもないことはわかっているけど、あの子のためにはならないかもしれないけど、それでもあの子の考え方を変えてやりたい」


 自分の内側に不満をため込んでいる子供を、自身の意思でため込もうとしていっる子供を助けようとしているといえば、聞こえはいいだろう。ただ、今回の場合は枕詞に“その辺で見つけたほとんど関わりのない”と付くので、そこには怪しさしかない。不審者が必死に自己正当化しようとしているようにしか思えない。


「そうですか。具体的な考えとかはあるんですか?どんな風に説得しようと思っているとか、どんなことを言おうと思っているとか」


「そんなことが決まっているんだったら、わざわざこんな風に相談なんてしないさ。一応、お父さんに言われたらしい、自分なんて幸せな方だって言葉が根本にあるみたいだから、そこをどうにかして解消してあげられればいいとは思っているよ」


「そうですか。多少であっても考えているのであれば、これ以上彬奈が

 口を出せそうなこともないですね。、とりあえずシャワーに入ってきてはいかがでしょうか」


 彬奈に促され、久遠はシャワーを浴びて、多少冷たくなってしまっていた夕飯を食べる。そもそも量が少くて冷めやすいうえに、話していた時間や久遠が帰ってくるまでにかかった時間もあって、久遠の短い行水の時間では温めきれなかったのだ。


、今日はいつもにましてお疲れのように見えるので、早めに就寝することを推奨します」


「そっか。彬奈がそういうんなら、きっと俺自身が思っている以上につかれているんだろうな。わかった。明日あの子に伝える言葉の校正とか、おかしなところの指摘なんかもできればしてほしかったけど、そういうことなら今日はもう寝ることにするよ」


「スピーチ原稿の用意は彬奈のサポートの対象外です。文法的な誤りくらいしか指摘できないので、むしろ不完全なものであっても自身の言葉のみで伝えることを推奨します」


 そうして、彬奈に指摘されて、否定されて、久遠は頼ることを諦めて自身の言葉を告げることを決める。そのままベッドに戻り、電気を消すように頼んでそのまま眠りにつく。彬奈は眠りに着こうとする久遠のことを、ほとんど黒色の失われた目で、じっと見つめていた。



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 朝目を覚まして、久遠はさっそくその日の朝食を確認する。今日の朝食は白米と味噌汁と焼き鮭。いかにも日本人といった、テンプレのような朝食だった。


 時計を見て、子供のことがなかったとしても遅刻間近な事に気がついた久遠は、日印南の言っていいた通り付かれていたことを実感しつつ、全部まとめてなるべく早く食べられるように、三つのメニューを全て白米の入っていた茶碗の中に混ぜ、行儀悪く猫まんまにして胃袋に流し込み、身支度を整える。


「いってらっしゃい、


 駆け足で玄関から飛び出していく久遠を見つめる彬奈の瞳は、まごうことなき、RBG全てが255の値を示していそうな、真っ白なものだった。





 朝の電車の中で必死になって考えて、仕事中の時間に、ようやく見つけて、帰りの電車の中で何度もおかしなところがないか確認した、子供に伝えたいことを胸に抱えながら、久遠は公園へと早歩きで進んでいく。


 そしてついた公園のベンチで、一人座って待っていたのは、自身をネグレクトされていると打ち明けてくれて、久遠の考えがまとまるまで、待ってくれた子供。


 その子供の目が駆け足で寄ってくる久遠のことを捉え、半ばあきらめている様な目が、寂しそうに久遠を見つめる。






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 次々回くらいから、タイトルの回収こと彬奈パートに移れると思います。もうしばし、お待ちください。

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